絵本を通じて、子どもにプログラミング教育を。『ルビィのぼうけん』翻訳者は、宝石色の夢を編む

『ルビィのぼうけん こんにちは!プログラミング(以下、ルビィのぼうけん)』は、プログラマー的な思考法を学ぶことができる子ども向けの絵本。著者はフィンランド出身のプログラマーでイラストレーターでもあるリンダ・リウカス(以下、リンダ)さん。

同書は2015年の秋にフィンランドやアメリカで出版された後、世界各国で翻訳され大ヒット作となりました。そして、日本語版の翻訳を担当された方が、今回の主人公。現職のプログラマーで翻訳者でもある鳥井雪さんです。

同書の翻訳が、翻訳者としては初の仕事だったという彼女。何をきっかけとして『ルビィのぼうけん』に出会い、どのような形でプログラミングの魅力を伝えてきたのでしょうか。辿ってきた道のりを、鳥井さんは穏やかな口調で語ってくれました。

絵本は、子どもが人生で最初に触れる文章

image1

――鳥井さんは、どういった経緯でこの絵本の翻訳を担当することになったのですか?

鳥井:もともと私は、『ルビィのぼうけん』の原作者であるリンダと知り合いだったんです。リンダが始めたRails Girlsという、女性がプログラミングに親しむためのワークショップがあります。現在は世界中で有志により開催されており、私は日本での開催のサポートメンバーの1人です。

image6

▲2015年11月に島根県松江市にてRails Girlsのイベントが開催されたときの様子。

あるとき、フィンランド大使館から、リンダの来日に合わせてRails Girlsの日本での活動をメディア関係者に報告してほしいという依頼がありました。その準備をしている過程で、『ルビィのぼうけん』日本語版の編集者である翔泳社の片岡仁さんにお会いしたんです。

私がリンダと交友があったこと、現職のプログラマーであることなどを見込んでもらい、片岡さんから「『ルビィのぼうけん』の翻訳をやってみませんか」と声をかけてもらいました。これが、この絵本の翻訳をしたきっかけ。実は、翻訳者としては初めての仕事でした。

――翻訳の仕事が未経験であれば、きっと不安も大きかったのでは。それでも鳥井さんが「引き受けたい」と思えたのは、どうしてなのでしょうか?

鳥井:絵本が大好きだからです。実は昔、私は本屋さんでアルバイトをしていたんですが、当時から「絵本の翻訳って、すごく大切な仕事だなあ」と思っていました。だって、子どもが人生で最初に触れる文章なんですから。

優秀な翻訳者の方々って、本当に素晴らしい仕事をします。1つひとつの言葉を吟味して、平易だけれど本質を突いた内容になるように、文章を徹底的に磨き上げていくんです。名作と呼ばれる絵本と出会うたび、「プロの仕事ってこういうことなんだな」と惚れ惚れします。

私がそういった方々と同じようにクオリティの高い翻訳ができるかは、当時は未知数でした。でも、「コンピューターやプログラミングの知識はあるし、リンダがこの絵本を通じて伝えたいことも理解できている。そのことは他の翻訳者の方にも負けないだろう」という自信があったので、引き受けることを決めました。

「true」「false」をどう翻訳すれば、子どもは理解できる?

image2

――翻訳では、どのような部分が大変でしたか?

鳥井:「プログラミング用語をどう翻訳するか」はすごく苦心しました。たとえば、プログラミングで「正しいか、正しくないか」を表す「true」「false」という概念があります。英語圏だと子どもでも理解できる単語ですが、日本語に翻訳すると「真」「偽」。そのままでは、子どもは理解できません。

代わりにどういう言葉を当てはめれば、違和感なく読めるかを徹底的に考えました。そうして、最終的には「本当」と「間違い」という平易な言葉を選んだんです。

他に難しかったのは、「子どもにアルファベット(ローマ字)をどうやって教えるか」ですね。『ルビィのぼうけん』に掲載されている練習問題の中で、「自分の名前をキーボードで打ちこんでみよう」というものがあって。それをいかにわかりやすくするかが大きな課題でした。

英語圏の子どもたちは名前のアルファベットに対応するキーボードをそのまま打てばいいですが、日本の子どもたちは名前をローマ字に変換してからキーボードを打たなければいけません。でもそれは難しいので、日本語版には特別にローマ字と日本語の対応表を掲載することにしました。

image3

これがすごく好評で、親御さんから「対応表を参考にして、子どもが自分の知りたいことをGoogleで検索するようになった」という声をいただきました。自分の翻訳した絵本をきっかけに、子どもがコンピューターを使うようになってくれたのは感慨深かったですね。

もともとは名前をローマ字に変換する用途だけを想定していたので、第1刷の対応表には「みゃ」や「みゅ」など(人名に使われない文字)は載せていませんでした。でも、もっと多くの用途で使ってもらえるように、第2刷以降はすべての文字が載っている対応表に変えています。

コンピューターやプログラミングに、親しみを持ってもらいたい

image4

▲実は、絵本の挿絵の中にはRuby言語の生みの親である「まつもとゆきひろ」さんの肖像画が描かれている。他にも、プログラマーなら思わずニヤリとしてしまうような小ネタが随所に散りばめられているのだとか。

――小さい子どもが絵本を通じてプログラミングを学ぶことには、どのような意義があると思いますか?

鳥井:テクノロジーに対する心理的障壁が低くなる、という効果があると思っています。絵本を通じてコンピューターやプログラミングに「面白いもの」とか「自分と近いもの」という印象を持てれば、その後の人生においてもテクノロジーに親しみがわくでしょうから。この絵本が、そのきっかけになってくれると嬉しいです。

――それができるのは、ストーリーや絵柄がポップで読みやすい“絵本だからこそ”ですね。テクノロジーに親しみを持ってもらう以外には、どのようなことを期待していますか?

鳥井:この本を通じて「プログラマー的な考え方」を子どもたちに学んでほしいです。たとえば、プログラマーはよく「大きい問題があったら、それを分解して解決しやすい小さな問題の集合体にする。そして、小さな問題がすべて解決すれば、やりたかったこと(目的)が達成できる」という考え方をします。

その考え方はプログラミングだけではなくて、この先に子どもが直面するさまざまな問題にも適応できるものです。この絵本を通じてそれを知ってもらうことで、普段の生活に役立ててほしいですね。

プログラマーとして、翻訳者として、母として

image5

――最後に、『ルビィのぼうけん』を読んでくれる子どもたちや、その親御さんたちにメッセージをお願いします。

鳥井:プログラミングって純粋に楽しいですし、それを学ぶことによって創造性も育ちます。私自身、プログラミングを経験したことで、コンピューターのあふれるこの世界をより豊かに詳しく理解できるようになりましたし、できることもずっと増えました。

これからの時代は、すべての人が何かしらの形でコンピューターやプログラミングの恩恵を受けて生活することになります。にもかかわらず、「ITって難しそうだし、自分とは関係のない世界だ」と心を閉ざしてしまうのは、ちょっと寂しいと思うんです。

そうではなくて、「この機能とこの機能を組み合わせたら、何ができるだろう」とか「いま動いているシステムも、世の中の誰かが作ったものなんだ」と考えられるようになれば、きっと発想が豊かになるじゃないですか。

実は、私も約半年前に子どもを産んで、いま一児の母です。きっとこれから子どもが成長していく過程で、「この子に、色々なことをどうやって教えていこう」と考える機会はたくさんあるでしょう。だからこそ、自分自身も教育やプログラミングについて理解を深めていきたいですし、世の中に何かの形でそれを還元できたらと思います。

これからも、Rails Girlsのワークショップや書籍の翻訳などを通じて、プログラミングを好きになってくれる人を増やしていきたい。それに、『ルビィのぼうけん』の続編をまた出せたら、すごく嬉しいです。

※▼※
2017年4月に続編『ルビィのぼうけん コンピューターの国のルビィ』が刊行されました。今度はルビィがコンピューターの中をぼうけんします。
https://note.mu/yotii23/n/n56dc07242e79

取材協力:株式会社翔泳社株式会社万葉

この記事が気に入ったらいいね!しよう

いいね!するとi:Engineerの最新情報をお届けします

プライバシーマーク