「ハイレゾ」と「ロスレス」、どっちの音がいい? 専門家に聞いたら、新しい音の楽しみ方が見えてきた

2021年6月、音楽配信サービス「Apple Music」は同サービス内の配信楽曲を「ロスレスオーディオ」で提供開始しました。

「これまで聴いていた音楽を、もっと高音質で楽しめるようになる!」と音楽ファンを賑わせたこのニュース。しかしこの「ロスレス」って、いったいどんな特徴の音声データなのでしょう。少し前によく目にした「ハイレゾ」との違いは? 自分も含め「なんかいい音になるらしい!」くらいのテンションで喜んでいる人も多いのでは?

ロスレスの他にも、「DOLBYサウンド」や「360 Reality Audio」など様々な名前がついている音声データ。それぞれの違いや特徴を、オーディオビジュアル系ライターの野村ケンジさんに伺いました。


野村 ケンジ(のむら けんじ)さん
オーディオ・ビジュアル系をメインに活動するライター。専門誌やWEBでの執筆と並行して、TBSテレビ「開運音楽堂」等に出演も。

ロスレスは圧縮方式、ハイレゾは総称。基準はCDの音質

——最近、配信サービスが提供している音楽コンテンツの種類が増えましたよね。「ロスレス」とか「360 Reality Audio」とか、一時期には「ハイレゾ」なんてものもありましたし……。それぞれ、どういう違いがあるのか全くピンとこなくて。

野村さん:お話をうかがう限り、それぞれの定義と性質を混同してらっしゃるみたいですね。まず「ロスレス」というのは、「音声データの形式」というよりも、データの圧縮方式のカテゴリーのことなんです。

——圧縮方式?

野村さん:例えば、「Apple Music」のような配信サービスを使ってスマホで音楽を聞くときは、元々の音声データが圧縮されて、皆さんのスマホに送られています。聴くときはそのデータを解凍して音にしているのですが、解凍したときに元通りの音声に戻らない形式があるんですよ。

これを、音声データを完全に復元できないことから「非可逆圧縮」といいます。例えば音声データでもメジャーな「MP3」や「AAC」といったフォーマットがこれ。非可逆圧縮の音声データは、元のものから音質の「ロス」が発生してしまっているので、「ロッシー」と呼ぶこともあります。配信音楽サービスで聴けるのも、ほとんどが「ロッシー」の音源ですね。

——ポータブル音楽プレイヤーもMP3やAACがほとんどでしたから、そこから今に至るまで、私たちが楽しんでいるのはロッシーのデータがほとんど、ということになりますね。

野村さん:そうですね。そして「ロスレス」というのは、この「ロッシー」と対になっている言葉なんです。音声データを解凍するときに「元の音質と同じ状態」まで復元できる「可逆圧縮」で、音質のロスがないから「ロスレス」ですね

ちなみに、ロスレスやロッシーの基準になる「ロスが出る前」の音声は、CDの音質のことです。要するにロスレスというのは、「CDに近い音質で楽しめますよ」という意味になります。


——配信サービスの時代になっても、音質の基準はCDなんですね。

野村さん:ミュージシャンの音源は、基本的にCDで販売することを前提として作られますからね。

対する「ハイレゾ」というのは、「CDより音質がいい音声データ」の総称です。細かい数字の話をすると、CDのサンプルレートと量子化ビット数は「44.1kHzの16bit」なのに対して、ハイレゾは「96kHzの24bit」。もう少し音質を落とした「48kHzの24bit」でもハイレゾとされるケースもありますが。

——すいません、その「44.1kHzの16bit」というのは一体?

野村さん:早い話が「音の波をどれだけ細かく区切るか」を数値にしたものです。音の波を細かく区切れば、そのぶん音もきめ細かくなり音質もよく感じますが、データも大きくなります。

これは写真でいう解像度のようなものです。折れ線グラフを作るときに、横軸のメモリを細かくしたほうががなめらかなグラフになるのと同じだと思えば間違いないかと

▲ハイレゾは「波がなめらかになる」イメージ。ハイレゾでは、データフォーマットは「WAV」や「DSD」のほか、「ALAC」「FLAC」といった可逆圧縮の方式が使われる

——なるほど、ハイレゾの方が音の波がなめらかなんですね。具体的に、ハイレゾと一般的な音声データでデータ量はどのくらい変わるのでしょうか?

野村さん:元データやデータの形式もあるので「このぐらい差が出る」と出すのはちょっと難しいのですが……「16bitから24bitに、8bitも増えた」というだけで、単純な情報量は2の8乗で256倍にもなります。もう8bit違うだけで音は別物になっちゃうんですよ。

ハイレゾは「人間の耳では聞こえない高域もデータに含まれているから、良い音に感じる」という人もいますが、私としては低音のボケなさが魅力だと思っています。音楽って一番大事なのは低音なんですよ。それがリアルに聞けるのがすごく気持ちがいいんです。

新たな音楽体験を生む「イマーシブオーディオ」とは

——では、「DOLBY」や「360 Reality Audio」(※)といったものはいかがでしょう? こちらも音質の違いなのでしょうか。

野村さん:こちらは両者とも「オブジェクト・オーディオ」という音声技術を採用した規格の名前です。ハイレゾといった音質を示すものとは土俵が違う言葉ですね。

※ ソニーによる立体音響システム。主要音楽配信サービスでは、「Amazon Music HD」等で視聴可能

——「DOLBY」と「360 Reality Audio」は商品名、ということですね。その「オブジェクト・オーディオ」というのは一体どのようなものなのでしょう?

野村さん:基本的に、DOLBYは映画などの映像コンテンツで採用される規格です。

映画館って、効果音や人の声が、左右だけじゃなくて前後や上下とか、あちこちから聞こえてくるじゃないですか。オブジェクト・オーディオというのは、映画館のように、音をいろいろな場所から聞こえるように配置したり、配置した音を移動させたり、といった工夫ができるシステムのことです。

——つまり、「映画館のようなあちこちから音が聞こえてくる感覚を、音楽コンテンツでも楽しめる」ということ?

野村さん:そうなります。「ギターの音を斜め後ろから」「ピアノの音は上から」といったイメージで、x軸とy軸だけでなく、z軸にも音を配置して、立体的な音の空間を作ることができるんです

人間の耳には、「音源定位」といって、聴いた音からその音がした位置を割り出す能力があります(※)。この力があるから、左右2チャンネルのイヤホンでも、立体的な音声コンテンツを楽しめるんですよね。

※ 左右の耳に音が到達するタイミングの微妙な差など、聞こえ方の違いなどから音源の位置を特定しているのだとか

——これまでの音楽体験ががらりと変わってしまいそうですね。

野村さん:これまでのレコーディングエンジニアの仕事は、左右2台のスピーカーで平面的な音の空間を作ることでした。でもこれからは、音を立体的に配置しないといけなくなるんですよ。「音につつまれる」イメージで音楽を楽しむことになります。この音に包まれる感覚や没入感を得られる音声データを総称して「イマーシブオーディオ」と言います。

イマーシブオーディオの登場は、音楽レコーディングの歴史でもかなり大きな変化です。ステレオ再生ができるようになってからしばらくの間、音楽は二次元空間で作られていたのに、急に平面が空間になった。これからのレコーディングエンジニアには、相当な技術と感性が求められるようになるんじゃないですかね。

——まとめると、「ロスレス」はCDにより近い音質。「ハイレゾ」はCDよりも良い音質。「DOLBY」は音質ではなく、イマーシブオーディオと呼ばれる次の時代の音楽体験につながるもの、ということになるのでしょうか。形式がたくさんあって大変ですが……。

野村さん:そうですね。最初にそれを大々的に打ち出したのはApple Musicだったというだけで、今後の音楽配信サービスは各社、まずはロスレスを目指してやっていくことになると思います(※)。イマーシブオーディオやハイレゾのコンテンツが当たり前に聴けるようになるのはあと5年くらい先になるかな、と。

高音質でデータ容量の大きな音楽コンテンツが増えたのは、通信環境が整備された結果だと思います。5G通信も始まりつつあるので、音楽くらいのデータであればスムーズにやりとりできますから。月20Gも使えれば、格安スマホでも音楽は聴き放題ですよ。

※ 大手配信サービス「Spotify」は、2021年後半の目標で一部地域へ向けてロスレスオーディオの配信をスタートすることを発表している。ちなみに、その他の配信サービスでも設定を変更すれば「高音質モード」で楽曲を聴くことができるが、こちらについては「サービスによって差はあるが、ロッシーのなかで良い音質を目指している場合がほとんど」(野村さん)とのこと

音の違いを感じるため、好きな映画を違う劇場で楽しむ

——最近では「DOLBY CINEMA」というDOLBY規格の映画館も増えていますよね。例えば「IMAXシアター」も映像・音質がよい映画館とされていますが、具体的にどういう違いがあるんでしょうか?

野村さん:それぞれの規格の話をすると、音のチャンネルの数が違っています。DOLBY CINEMAはIMAXよりもチャンネル数が多いのですが、これはDOLBYのほうがIMAXよりも新しい規格だから。「どちらのシステムの劇場がより音がいいのか?」という疑問については、「映画館による」という答えになってしまいます

「DOLBY」も「IMAX」も、それぞれかなり高水準のクオリティが担保されていますが、同系列のシネコン・同じ規格を採用している映画館でも、場所によってスピーカーの質や数は違います。同じ映画館でもシアタールームによって音響設備には差が出てしまうし、劇場の支配人さんや音響技師さんのこだわりによってかなり違いが出る場合もあります。

——そうなると、映画館選びもなかなか難しいですね。

野村さん:私のおすすめは、お気に入りの映画を見つけたら、別の劇場でもう一回その映画を観てみること。劇場をいくつか回ってみて、音が自分好みの映画館を見つけるのが一番だと思います。

DOLBYやIMAXというのも、結局はブランドの覇権争いなので(笑)。映画ファンはそれをおもしろがって、「俺はいい音を出してくれる方に行くぜ?」くらいのノリでいいんですよ。

——「好みで劇場を選ぶ」。そう考えると、だいぶ気が楽になりますね。

野村さん:この「音に注目して、同じ映画を違う劇場で観る」という楽しみ方をする人も、最近かなり増えてきたと思っています。そのきっかけになったのが、2015年公開の『ガールズ&パンツァー 劇場版』(ガルパン)だったかな、と。音響監督を担当された岩浪美和(※)さんは、日本のアニメ映画にDOLBYサラウンドをいち早く本格導入した方で、『ガルパン』も登場する戦車の音などにとにかくこだわって作られているんですよ。

※ 「いわなみ よしかず」さん。『ガルパン』以外で音響監督を務めた作品に『ニンジャバットマン』(2018)、『HELLO WORLD』(2019)など。後述する立川シネマシティでの『ガルパン』極上爆音上映会では、岩浪さん自ら劇場に出向き、音響設備の調整を行ったのだとか。「ガルパンおじさん」については「ガルパンはいいぞ」で検索してみては


野村さん:そんなこだわりが伝わったのか、映画が公開してから「ガルパンおじさん」という人がSNSにたくさん現れました。彼らが『ガルパン』を観るためにいろいろな劇場を回って、「あの小屋(映画館のこと)が良かった」みたいな話で盛り上がっていたんですよ。

——よく考えてみれば「大迫力の音」って自宅で楽しむには限界がありますからね。音がいい映画を最大限楽しむためには、公開期間中に何度も映画館に行くしかない……。

野村さん:このブームをきっかけに、立川のシネマシティ(※)のような音響設備にこだわった映画館に注目が集まるようになってきて。もしかしたら、映画館の音を気にする人が増えてきたのはガルパンおじさんがきっかけかもしれない(笑)

※ 東京都立川市にあるシネコン。音響設備に強いこだわりを持ち、プロの音響設備士による「極上音響上映」および「極上爆音上映」でおなじみ。上述の『ガルパン』の他、同年の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』も爆音上映にラインナップされていたが、野村さんいわく「(映画館を繰り返し観る楽しみ方の)浸透のきっかけになったのは、洋画よりもガルパンじゃないですかね?」とのこと

音にこだわって、「生活の不快」を減らす

——いい音といえば、ハイレゾって一時期はよく聞きましたけど、音楽配信サービスが増えてあまり言葉を耳にしなくなりましたよね。これは気のせいでしょうか?

野村さん:それは、配信サービスの台頭もあって、良い音質で音楽を聞くことがそれなりに当たり前になったからかもしれないですね。というか、そうしたんですよ。

——そう「した」……?

野村さん:私個人の話になってしまうのですが、実は数年前に、ハイレゾ音源を広めるプロジェクトに携わらせていただいたことがありまして。「ハイレゾアニソン」という、その名の通りハイレゾ音質のアニソンを配信する取り組みをやっていました。

ハイレゾをもっとたくさんの人に楽しんでもらうためには、ポップスのコンテンツがないといけない、と思ったんですよね。本当に出はじめのハイレゾって、ジャズとかクラシックくらいしかコンテンツがなかったんですよ。他にはロックの名盤くらいで、このままではダメだな、と。

——いわゆる「一部のマニアが楽しむもの」のような扱いだったんですね。

野村さん:新しいフォーマットを広めるためには、まず若い人に手にとってもらうことです。アイデアのきっかけになればなと姪っ子にどんな音楽を聴いているのか尋ねたら「ボカロとアニソン」と。そこで、当時(2013年)大ブームだった『ラブライブ!』のハイレゾ音源を作っては、と提案しました(※)。

※ 2013年、ハイレゾ音源配信サイト「e-onkyo music」にて、「学園アイドル」をテーマにしたアニメ作品『ラブライブ!』の関連シングルをはじめとしたアニソン作品が配信された。配信音源は48kHz/24bitで、ハイレゾ音源はキャラクター1人1人の声がよりはっきりとわかるのだとか。野村さんは同プロジェクトに外部アドバイザーとして参加していた

——若い人にハイレゾを手にとってもらうための施策だったんですね。

野村さん:プロジェクトをやりながら意識していたのが、「ハイレゾをハイレゾと呼ばないで、当たり前に聴ける環境を作ること」でした。

そこから数年たって、少しずつですが「Apple Music」とか「Amazon Music HD」のように、ハイレゾ音源を聴ける配信サービスも増えてきました。レコーディングスタジオで聴けるマスター音源に限りなく近い「作り手の意図が損なわれていない」形で楽しめるのが聴き手にとっては最高なので、これはうれしい変化だと思っています。

▲「Amazon Music HD」Webサイトより。同サービスでは、CD品質のロスレス音源のほか、CD音質以上で音楽を楽しむことができる(画像は公式Webサイトより)

——ふだん何気なく聴いているものですが、音楽や映像コンテンツを高音質で楽しむ価値ってどういうところにあるのでしょうか?

野村さん:王道のところでいうと、まずは「そのコンテンツをよりマニアックに楽しめること」。高音質にすることで、「こんな音が鳴っていたんだ」「こんな声で歌ってたんだ」のように、じっくり聞かないとわからないことがわかるようになるんです。

だから、曲を聴くたびに新しい発見ができるし、1曲を何十回聴いても楽しめる。良い機材をたくさん買うオーディオマニアは、「いかにして同じ音源を繰り返し楽しむか」にお金を払っているんですよ(笑)

今はオーディオマニアほどお金を払わなくても、良いイヤホンやスピーカーが手に入る時代です。興味がなくてもそこそこの出費で「いい音質」が手軽に楽しめるのであれば、おいしい部分はきちんと味わうべきですよね。

あと、これはおじさんになるとわかるんですが……音質がいいと、「楽」なんですよ。

——音が、楽?

野村さん:音って、本来はストレスに結びつきやすいものです。人の耳って、音の違和感にすごく敏感なので、濁っている音を聴くのが負担になるんですよね。いい音って、癒やされるためだけじゃなくて、「余計なストレスをためない」ためにも大切なんです

▲安価なイヤホン・マイクでも使えるには使えるが、知らないうちに耳や体に負担がかかってるかも?

——「快」を増やすだけでなく、「不快」を減らせる、と。

野村さん:これは音楽以外でもそうですよ。最近はWEB会議ツールでパソコン越しに話をすることが増えましたよね。このとき、話し相手の声はスピーカーを通して聞こえてくるし、自分の声はマイクを通して相手に伝わっています。

そこでスピーカーを良いものにすれば自分の不快が減るし、マイクに投資して良い声を拾えるようにすれば、相手を不快にさせることがなくなるかもしれません。

よく考えたら、生活の中に音っていっぱいあるんです。そこで「音楽を楽しむため」じゃなくて、「生活の『音環境』を良くする」ために、使っている音関連のグッズを考えてみる。ふだん何気なく聞いている音にちょっとでも意識を払ってみると、結果として生活がもっと快適になるかもしれないですよ。

文=伊藤 駿/図版とイラスト=藤田倫央/編集=ノオト

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