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「気持ちよく日本語が書ける」伝説の入力方式 親指シフトを激しくオススメされてきた

もっとスムーズに日本語が入力できたなら。

その願いのもと、日本語入力は入力機器によってさまざまに形を変えてきました。キーボードではローマ字入力が主流となり、スマホではフリック入力が当たり前に。最近では音声入力の精度も高まっています。

しかし、その裏には歴史に埋もれた日本語入力方式たちの姿もありました。

1980年に富士通が開発した「親指シフト」もそのひとつです。日本のメーカーによって生み出された「日本語に特化した」入力方式として、発売から40年以上経った今でも、根強いファンを持っています。

ローマ字入力が主流になった今、親指シフトのなにがそこまで人を惹きつけるのか。その魅力について、自称「親指シフトエバンジェリスト」のブロガー、大東信仁さんに話を聞いたところ、「むしろ今こそ親指シフトが必要な時代」と言うのです。

大東信仁(おおひがし のぶひと)さん
株式会社あみだす代表取締役、親指シフトエバンジェリスト(自称)。2009年から“ものくろ”名義でブログ「ものくろぼっくす」を運営し、さまざまな情報を親指シフトで発信。実践型ワークショップ “ものくろキャンプ”を企画・主催し、全国で親指シフトの魅力を届ける。JIS配列キーボードで親指シフトをタイプしやすくなる「orzレイアウト」の作者。
ブログ:ものくろぼっくす

1日1万字打っても、全く疲れません

——2021年1月末、富士通の親指シフト専用キーボードがひっそりと販売終了していたのがニュースになりました。販売開始から40年あまり経っての販売終了は、親指シフトユーザーとってさぞや無念かと思うのですが……。


大東さん:それが、特になにも思わなかったんです(笑)


——特になにも……?


大東さん:私が使うようになった頃から、親指シフトユーザーの立場でも富士通さんの専用キーボードは「いつかなくなるだろうな」と覚悟はしていましたから。むしろ「よくぞ今まで売り続けてくれた!」というのが正直な気持ちです。だってこんなキーボードなんですよ。

▲富士通が販売していた、親指シフト専用のキーボード。一般的なキーボード(JIS配列キーボード)とキー配列が大きく異なる。写真は大東さん所有のものだが、普段使用することはないそう

▲JIS配列キーボードと異なっている、左右シフトキー部を拡大するとこんな感じ

——キーに書いてある文字が全然違いますね。スペースキーが2つに割れていますし……。


大東さん:スペースキーに見える2つのキーが、「親指左」と「親指右」キーです。親指で押すシフトキーと文字のキーを組み合わせて“かな”を打つので、「親指シフト」なんですよ。

たとえば、左側の3段目にある「し」のキー。同じキーの上に「あ」も書いてありますよね? このキーをそのまま打てば「し」が、「左側の親指シフトキー」と同時に打てば「あ」が入力できる、というわけです。

▲親指シフトのキー配列。単独で打てば下の文字が、親指シフトキーと同時に打てば上の文字が出る。キーボードの左半分は「親指左」、右半分は「親指右」を使用。親指シフトキーと文字キーの位置を“クロス”させると、濁音が入力できる。たとえば「ありがとう」と入力するときは、「左薬指3段目+左シフトキー(=あ)」、「左中指2段目+左シフトキー(=り)」、「左薬指2段目+右シフトキー(=が)」、「右人差し指3段目(=と)」、「左小指3段目(=う)」、とタイピングする。助詞として頻出する「は」および「と」が、打ちやすい右手人差し指ホームポジションに配置されているのもポイント

——「!」を出すときにシフトキーを押しながら「1」を押す、あの動作ですか?


大東さん:似てるんですけど、違います。親指シフトは「同時打鍵」なんです。シフトキーのように「先に押しておく」のではなく、2つのキーを同時にいっぺんに押すと「あ」が出る。

——キーを同時に押したり押さなかったり……。ローマ字入力に慣れた身からすると異次元の入力方式ですね。


大東さん:そう思いますよね。でも私は、テレワーク時代の今こそ、親指シフトが最強の入力方式だと思うんですよ。

——今こそ、ですか!?


大東さん:はい。理由は二つあります。第一の理由として、親指シフトは「疲れない」んです。実際に親指シフトで日本語を入力してみましょうか。

▲大東さんが親指シフトを活用して文字入力をする様子。1文字につきワンタッチで、文章の長さと比べても、指が「じたばた」していないのがわかる

▲より高画質な大東さんのタイピングの様子はこちらから


大東さん:指がホームポジションからほとんど動いていないのがわかりますか?

——本当ですね……。指がほとんど動いていないのに、ぬるぬると文字が出てくるように見えます。


大東さん:実は親指シフトの配列は、タイピングしやすいキーボード3段目の一列(ホームポジションの段)だけで約55%の日本語が打てるよう設計されています。「新橋は今日もとっても元気な出会いの場」とか、すべて同じ一列で打てますしね。その上の2段目を含めれば約85%の日本語までカバーできますから。

——例文はどうかと思いますが、この配列にそんな秘密が!


大東さん:右手の小指の位置にバックスペースもありますよ。文字を消すのも、手のホームポジションを崩さずに行えます。

——消す動作まで……。


大東さん:親指シフトは日本語にあわせて指をほとんど動かさなくていいように設計されているので、調子がいいときは1日1万字打っても疲れません。親指シフトユーザーには、経済評論家の勝間和代さん、脚本家の北川悦吏子さん、作家の姫野カオルコさんなど、アウトプットをたくさんされる方も多いんです。

▲親指シフトキーボードの販売中止を受けた、脚本家・北川悦吏子さんのツイート。このツイートに対して、別の親指シフトユーザーである勝間和代さんからリプライが届く……という場面も。その勝間和代さんはブログで親指シフト導入のノウハウを発信しており、勝間さんと大東さんは、親指シフトについて共同でイベントを開催するなど、日常的に情報交換を行う間柄なのだとか

——しかし、それがテレワークとどういう関係が……?


大東さん:会社に行かなくなって、会話がずいぶん減りましたよね。その代わり、文字を打つ量が格段に増えたじゃないですか。メールだったり、チャットだったり。

——確かに。コロナ禍になって、文字でコミュニケーションを取る機会は増えました。


大東さん:テレワークによって、文字をベースとした「非同期のコミュニケーション」がより重要になりました。いかに文字を打てるかが、生産性を左右するといってもいい。つまり、テレワークの時代は「文字入力の時代」でもあるわけです。

文字入力がストレスなくできれば、仕事が早く終わるし、自由な時間も増えるでしょう。収入だって変わるかもしれない。だからこそ、親指シフトをオススメしたいんです。

「1文字ワンタッチ」の代えがたい気持ちよさ

——今こそ文字入力が重要だ、というのはわかりました。でもそれなら、ローマ字入力で高速タイピングをしてもいいのでは……?


大東さん:もちろん、それでも構いません。でも、親指シフトをオススメしたい第二の理由は、ローマ字入力より「気持ちがいい」ことなんです。

——気持ちがいい?


大東さん:ローマ字入力だと、ひらがな1文字を入力するのに、あ行を除いて2回以上キーを押さないといけないじゃないですか。一方の親指シフトは、ひとつの音をひとつの動作で打てます。慣れると、頭に浮かんだ文字がそのまま指先から出ていく感触がある。気持ちよく日本語が打てるんですよ。

▲大東さんの所有する、富士通による軽量親指シフトキーボード「サムタッチ」。先の専用キーボード同様に、「研究用に購入したが、あまり使っていない」とのこと


大東さん:ローマ字入力の場合、皆さん無意識のうちに「文章を一言一句決める」「それをローマ字に直す」という作業を繰り返しているはずなんです。たとえば、紙に自分の名前をローマ字で書くとき、ちょっと考えるじゃないですか?

——確かに、ひらがなほどスムーズにはいかないですね。


大東さん:おそらく、頭の中で日本語をローマ字に変換するときに、小さな引っかかりがあるんです。ローマ字入力に慣れると感じにくいですが、実は知らず知らずのうちにこのローマ字変換ストレスがかかっているはずなんですよ。親指シフトを習得してからローマ字入力をしてみると、こんなに頭に負荷がかかっていたのか!とびっくりします。

同じ理由で、「JIS配列のキーボードで英文を入力する」というのも、するする文字が入力されていく感覚がとても気持ちいいんです。これは「1文字につき1動作だから」なのですが、理由に気づいたときは「英語圏の人はこんなに気持ちよく文字を入力してるんだ!」って悔しくなりましたよ。

——だったら、かな入力はどうですか? かな入力ならローマ字変換はいらないし、「ひとつの音をひとつの動作」で打てますよね?


大東さん:お手元のキーボードを見ていただくとわかるんですが、かな入力はキーボード配列を4段フルに使うんです。ホームポジションから2段上までキーがあるので、指を動かす範囲が広いんですね。これはこれでストレスになってしまう。

▲かな入力のキー配列。日本語入力に必要なキーは親指シフトは3段30キーなのに対し、かな入力が4段44キー。親指シフトの最上段は数字と記号のみになっているのに対して、こちらは最上段まで文字が割り当てられており、手の小さい人には入力が大変なことも

——なるほど……。「疲れにくさ」「気持ちよさ」を追求すると、親指シフトがテレワーク時代のベストな選択である、というわけですね。


大東さん:そういうことです。

——そうなると、なおさら専用キーボードが販売終了になったのは惜しいですね。せっかく親指シフトユーザーが喜ぶ時代が来たのに……。


大東さん:あ、親指シフトにチャレンジしたいなら、通常のJIS配列キーボードでも大丈夫ですよ。親指シフトのキー配列で文字が打てるアプリが、有志によって開発されているんです。WindowsでもMacでもリリースされています。

——だから販売終了のニュースになにも思わなかったんですね!


大東さん:ええ(笑)。そんなわけで、私はもう他の入力方式に戻れないんですよ。仕事を選ぶときも「ローマ字入力の会社は嫌だ」って考えちゃって、いまフリーランスをやっています。親指シフトは私の人生も変換しちゃってるんですよね。

「親指シフトユーザー」という“名刺”が人生を変えた

——そもそも親指シフトは、富士通のワープロ(1980年発売「OASYS100」)に採用されたのが初めてですよね。大東さんもそのころから親指シフトを?


大東さん:いえいえ、パソコンを触りだした1990年くらいから、20年以上ローマ字入力を使っていたんですよ。学生時代は速く打てるようになりたくて、めちゃくちゃ練習したんですよね。フリーソフトで、なんか格闘技のやつ(※)があったりして……。

そのあと就職するんですが、働き過ぎて体を壊してしまったんです。病院でもらった薬を飲むと、副作用が強くて手が震えてしまう。何かしらのアウトプットをしようと思うのですが、手書きで文字を書こうにもペンが持てない。手書きがダメならタイピングと思ったんですが、完璧なローマ字入力のブラインドタッチがどうしてもできず、文字がスラスラ入力できなかったんです。それが10年くらい前ですね。

※ キーボード練習ソフト「Ozawa-Ken」。キーを打つことで技を繰り出して相手を倒す。正しく入力を連続させると必殺コンボが発動するシステムで、学生時代の大東さんも熱中していたのだとか

——そこで親指シフトを始められたわけですか。


大東さん:はい。偶然、テレビで親指シフトが取り上げられたのを見て「そういえば、そんなのあったな……!」と思い出したんですよ。調べてみたら専用のキーボードがまだ売られている。「でもこれ、しばらくしたらなくなるだろうな……」と思って。

——思った通りになりましたね。


大東さん:キー配列を変えるアプリがあることを知って、そこから練習しましたね。無職で時間だけはあったんですが、周りに教えてくれる人がいなかったので、完全に使いこなすまでに2年ほどかかりました。

▲大東さんが親指シフトの習得に使ったHappy Hacking Keyboard(HKKB)。「強制的にブラインドタッチを覚えるため」と、刻印がないキートップを追加で購入、交換している。親指シフトで必須になるシフトキーは、スペースキーを金切のこぎりで切って、無理やり左右のシフトキーを作ったそう

▲こちらは現在使用中のHHKB。こちらも親指シフトで使うため、3Dプリンターで造形したスペースキーに改造が施されている。スペースキー右側のキーを右手用シフトとして使うことから、JIS配列のキーボードで親指シフトにチャレンジするなら、スペースキーが短めのものを選ぶのがよい

——親指シフトをマスターして、どんな変化がありましたか?


大東さん:WEB関連の勉強会に出たとき、「親指シフトユーザーです」と自己紹介したら、周りがざわついたんですね。そのあとどんな話をしても、「親指シフトユーザー」のインパクトに勝てない(笑)。

ならば興味を持ってもらおうと、「親指シフト」を“名刺”にするようにしました。親指シフトユーザーのコミュニティに参加して、ブログでも発信を続けて。2014年からは、親指シフトを習得したい人向けの講座も行っています。

▲大東さん主催の、親指シフト教室の様子。大東さん自身が親指シフト習得時に苦労した経験を受け、初心者向けに開講している

実際に親指シフトをやってみたくなったら?

——この記事をここまで読まれている方なら「私も親指シフトをやってみたい」と思っているんじゃないでしょうか。


大東さん:それはぜひ……と思うんですが、ローマ字入力に慣れた方ほど、時間がかかるのを覚悟されたほうがいいですよ。講座では「1年くらいかかります」と説明しているほどで。

——そんなに……!


大東さん:それくらいの覚悟がないと、「ローマ字で打ったほうが速い」という悪魔のささやきに負けちゃうんですよ。仕事に追われているときなんか特に。なので、ゴールデンウィーク・お盆休み・正月休みといった長期休暇が、じっくり練習するチャンスですね。

——では覚悟を決めたとして、どこから始めればよいでしょうか?


大東さん:まずは親指シフト用のアプリをインストールします。Windowsなら「やまぶきR」、Macなら「Lacaille」。それと、親指の位置が気になる方は、私が提供している「orzレイアウト」(※)というキーボード配列も使ってみてください。

※ JIS配列キーボードで親指シフトをすると、スペースキー右側のキーを右手用シフトとして使うことから、右手の親指と人差し指の同時押しが難しいことがある。そこで「orzレイアウト」では、中央のキー(下画像の白色の箇所)を丸々使用せず、「右手のホームポジションの位置をまるごと右にひとつズラす」方法でこれを解決した。実際に形にしたのは大東さんだったものの、アイデア自体は親指シフトユーザーコミュニティーのなかで練られたもの

▲大東さん提供の、親指シフト「orzレイアウト」のキー配列。JIS配列キーボードに置き換えると、ホームポジションの左手は通常通りで、右手は人差し指を「K」に置いて構える。「orz」とは「親指(Oyayubi)を、右(Right)に、ずらす(Zurasu)」の頭文字をとったもので、かつて流行していた絵文字と合わせて覚えやすいだろう、ということで名付けられた。大東さんが採用している入力方式ももちろんこれ

——いまインストールしたのでやってみますね……(数分後)……すいません、全然頭がついてこないです。「親指シフトと文字キーを同じタイミングで押す」が、すごく難しいですね。


大東さん:特殊な動きに感じますよね。でも実はこれ「物をつまむ」動作なんですよ。細かい物をつまむとき、親指と他の指が自然と同時に動くでしょう? 講座ではペンを指先で持ってもらって、「その動きです」と説明しています。

——そう言われるとしっくり来ますね! 他にも習得のコツなどありますか?


大東さん:早く打とうと思わないことです。親指シフトは「日本語を速く入力できる」と紹介されることが多いんですが、練習から速く打とうとするとイライラして挫折しやすくなります。

親指シフトの魅力はあくまで「疲れにくさ」「気持ちよさ」。その結果として速さがついてくることもある、という認識です。速さだけ目指すなら、音声入力を使ったりとか、別にキーボードを使わなくてもいいですしね。

——最近は音声入力の精度も向上してきましたよね。思うままに入力できる、という意味では、親指シフトのライバルと言ってもいいのではないでしょうか。


大東さん:ライバルではなく、むしろ「補完し合う存在」ですね。私も音声入力を使うことはあるんです。ゼロからワーッと入力できるのは本当にすごい。でも、修正にはどうしてもキーボードが必要になるんです。


大東さん:つまり「キーボードvs音声入力」ではなく「キーボード&音声入力」と考えるべきでしょう。今後、音声入力はもっと精度が向上すると思いますが、修正や推敲のことを考えれば、この先もキーボード入力のスキルは求められるはずです。

——そこに親指シフトという選択肢があると。


大東さん:そうですね。親指シフトは1音1打鍵、ローマ字入力は基本的に1音2打鍵ですから、極論を言えば親指シフトは日本の生産性を2倍にします。人の半分の稼働時間で日本語のアウトプットが終わる。在宅勤務だったら、余った時間で昼寝もできます(笑)

ローマ字入力のタイピングで消耗されている方に、親指シフトを試してもらえたら嬉しいですね。

文=井上マサキ/編集=伊藤 駿(ノオト

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