人工知能が、きゅうりの仕分けをします。農家の小池誠さん、自動仕分けマシーンを作る

システムがデータの特徴を学習し、事象の認識や分類を行う「ディープラーニング」と呼ばれる技術が、近年発達しています。

囲碁の世界においてはGoogle DeepMindの開発した「AlphaGO」がトッププロを打ち負かしたり、クリエイティブの世界においては、マッキャンエリクソンがテレビCMを制作可能な人工知能「AI-CD β」を開発したり。その技術を用いて、世界中の人々が様々なプロダクトを開発し続けているのです。

しかし、そのディープラーニングを用いて「きゅうりの仕分けをする」というアイデアを思いついたのは、おそらく今回紹介する方以外にはいないでしょう。

その方は、小池誠さん。元組み込み系エンジニアであり、現在はきゅうり農家を営んでいる彼は、きゅうりの仕分けに多くの手間がかかることに課題を感じ、ディープラーニングによって作業を自動化しようと研究・開発をスタートしました。属人的な仕事の多く残る「農業」という領域を、エンジニアリングはどう改革していくのでしょうか?その最先端を取材します。

きゅうり自動仕分けマシーン、どんな仕組みで動いているの?

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―きゅうりの仕分けは、手間のかかる大変な作業だと聞きました。

小池:そう。本当に大変なんです。形や大きさ、表面の艶、曲がり具合、太さの均一さなど、チェックしなければいけないポイントがたくさんありますから。ウチは両親も農家をやっており、仕分け作業は母親の担当なのですが、収穫のピーク時には1日 8 時間ずっとその作業に追われていて……。少しでもその負担を軽減してあげられたらいいなと思って開発をスタートしました。

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―心温まるエピソード……。それでこの機械が生まれたのですね。どのような仕組みで仕分けているのでしょうか?

小池:きゅうりを台に置くと、Webカメラが写真を撮影して画像データをシステムに送ります。あらかじめディープラーニングによって何千枚ものきゅうり画像を等級の情報とセットでシステムに覚えこませてあるので、そのデータを元に類型分析し、きゅうりを仕分けるんです。

仕分けられたきゅうりは、ベルトコンベアで奥の方へ送り出されていきます。ベルトコンベアの横には、きゅうりの等級ごとに段ボール箱が並べられています。

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該当する等級の箱の前にきゅうりが到着すると、アームが飛び出してきて、きゅうりを段ボールの中に入れる仕組みになっているんです。

―これはすごいですね!さっそくですが、試しに動かしてもらってもいいですか?

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小池:はい。もちろんですよ!それでは動かしてみましょう。

―ぜひ、よろしくお願いします!

―すごい……。おっしゃる通り、見事に等級分けされていきますね……。

農家の仕事を手伝って気づいた。エンジニアのスキルは農業にも生かせること

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―きゅうり農家になる前は、組み込み系エンジニアをやっていたとお聞きしました。その大きなキャリアチェンジのきっかけは?

小池:エンジニアの業務において、30歳を過ぎたあたりからプログラミングではなくマネジメントの割合が増えていきました。私は元々、手を動かしてものを作るのが好きなので、その状況をあまり良く思っていなくて。もっと自分の好きなことができる環境に移りたいと思い、会社を辞めたんです。

転職活動中は時間があったので、実家のきゅうり農家の仕事を手伝うようになりました。その仕事をやっているうちに、「自分が作っているきゅうりは、多くの人の食生活を支えている。それってすごいことだな」と思って。加えて、農業は属人的な作業が多く残っている分野なので、それをIT化して改善したくなったんです。それで農家になることを決心したという感じですね。

―農業という、ITがまだ充分に入りこんでいない領域。そこに面白さや可能性を見出したのですね。きゅうり自動仕分けマシーンを作ろうと思ったのはなぜ?

小池:Googleが提供している「Tensorflow」というオープンソースの機械学習ライブラリを、たまたま使ったことがきっかけです。手始めに試した手書き文字画像の認識の精度の高さに驚きました。「これなら、画像によるきゅうりの選別ができるようになるかもしれない」と思い、きゅうり自動仕分けマシーンを作り始めたんです。

自動仕分けマシーンにはまだまだ課題がたくさん。でも、それが楽しい

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―開発を始めたばかりの頃は、なかなか上手くいかないこともあったのではないですか?

小池:それが、意外と上手くいったんですよ。最初の段階では既に70~80%くらいの精度で正しく認識できていました。1号機がこちらになります。

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小池:スタンドにWebカメラを取りつけ、下に置いたきゅうりを撮影し、等級を判別するというシンプルな仕組みです。しかしこれだと、きゅうりの上面しか撮影できないので、側面や裏面をチェックすることはできません。

―その課題を元に制作したのが、最初に見せていただいた2号機というわけですか。

小池:そうですね。2号機ではカメラの台数を3つに増やしたんです。上面、側面、裏面から、きゅうりを撮影できるようになっています。選別したきゅうりを段ボール箱に入れるところまで自動化しているのも2号機の特徴です。

―今後、さらに改良していくには、何が必要ですか?

小池:現在は、きゅうりを手作業で台に置いているので、そこも自動化したいです。それから、認識率もまだまだ改善できると思っています。加えて、アームで押し出すときゅうりに傷がつきやすいのも解消したい。こうして考えてみると、課題は山積みです(笑)。

―課題がたくさんあると言いつつも、なんだか小池さん、嬉しそうですね。

小池:自分で企画したものを、材料を集めて設計し、作ってテストするという、本来やりたかったことが実現できているので今はとても楽しいんです。機械の改良を重ねて、より良いものをつくっていきたいと思っています。

ITスキルを持った人が農業をやれば、この業界はもっと良くなる

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▲「実際に生えているところを見てみますか?」と言って、きゅうり畑に案内してくれた小池さん。適切に温度と土壌の管理をしているため、一年中きゅうりが収穫できるのだという。

―農業という分野は、まだまだIT化が進んでいません。小池さんは、その状況をどう変えていくべきだと考えますか?

小池:ITと農業それぞれの業界の方々が、お互いを理解するために歩み寄っていく必要があります。現状、ITに携わる方は農業のことを知らないですし、逆に農家も最先端の技術を知らないし使いこなせません。お互いの情報共有があまりできておらず、離れた関係にあると思うんです。

―その状態を改善する具体案とか、ありますか?

小池:ITスキルを持った方が、農業をやってみるのが一番です。私のように(笑)。

農業にはまだまだIT化できる領域がたくさん残っているので、ものづくりが好きな人であれば「こういう課題があるから、こうすれば解決できるはず!」というアイデアが山ほど湧いてきます。そこから、独創的なプロダクトが生まれてくるんです。

そのプロダクトが良いものであれば、他の農家の方々も使ってくれるようになります。そうすることで、IT化が進んでいく。ITと農業がコラボレーションすることで、農業の未来はより良いものになっていくと思うんです。

―その意味で小池さんは、農業の未来を担う最前線にいますね!

小池:そう言われると、ちょっと気恥しいですけど(笑)。自分のエンジニアリングで農作業を効率化できれば嬉しいです。まだまだ成功までの道のりは遠いですが、これからも一歩ずつ前進していきます。

「IT×農業」という領域にまいた種。それはいつか、大きな実をつける

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組み込み系エンジニアだった小池さんが偶然に従事した、きゅうり農家の仕事。その偶然は「きゅうり自動仕分けマシーン」という斬新なアイデアをもたらしました。そして、「IT×農業」という領域において、彼は自身の切り開いた畑を地道に耕し続けています。

彼のまいた種が、どんな立派な野菜に育つのか。これからも目が離せません。

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