漫画出版業界をエンジニアが救う!コアミックスがエンジニアチームを結成した理由【意外な会社で発見!こんなところにエンジニア】

『週刊少年ジャンプ』の元編集長であり、『北斗の拳』(原作/武論尊 漫画/原哲夫)や『シティーハンター』(北条司)など数々のヒット作品を担当してきた堀江信彦氏が代表取締役社長を務める、株式会社コアミックス。漫画出版を軸に、デジタルコンテンツの制作や配信、ライセンス事業、アーティスト育成事業など幅広い事業を展開しています。

今から約4年前に、社内にエンジニアチームを設立したという同社。「職人」「手仕事」といったイメージが強い漫画出版社に、なぜエンジニアが必要だったのでしょうか……?

そこで、今回は同社で活躍するエンジニアの中島太陽さんと伊藤拓也さんに、漫画出版社のエンジニアがどのような仕事をしているのか、漫画出版社のエンジニアだからこそのやりがいなど、気になる疑問をぶつけてみました。

中島太陽(なかしま・たいよう)さん
コーポレート本部 R&D課 MAI研究室 データサイエンティスト

2015年10月入社。主な担当業務は、作品づくりに生かすためのデータ収集・分析。好きな漫画は『花の慶次 ―雲のかなたに―』『レストアガレージ251 車屋夢次郎』など。

伊藤拓也(いとう・たくや)さん
コーポレート本部 デジタル推進課 副課長

2023年4月入社。主な担当業務は、社内業務のシステム化とマーケティング。好きな漫画は『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』『アルテ』など。

最先端技術との出会いがエンジニアへの一歩に

――まずはお二人がエンジニアになったきっかけを教えてください。

中島さん(以下敬称略):はじめてコードを書いたきっかけは、中学生のときにアルバイトでお金を貯めて買った「X68000」、通称“ペケロク”と呼ばれるパソコンです。そこからものづくりが好きになり、自分で勉強してコードを書くようになりました。留学していた大学時代にはイギリスでシンセサイザーの設計もしました。デザイン会社を経営していた時期も含めて、振り返ってみると中学生の頃からずっとコードを書いていますね。

伊藤さん(以下敬称略):私は、若い頃に流行っていたドコモの携帯向けインターネットサービス「iモード」との出会いがきっかけでしたね。当時、出身地の熊本にいながら北海道や沖縄の人とリアルタイムでチャットができて「うわ、なんだこれ!」と、すごく驚いたのを覚えています。そのときに「ITはこれから絶対に社会に必要とされる技術だ」と確信し、エンジニアの勉強を始めました。

 

――中島さんはコアミックスに入社する前にどんなお仕事をされていたんですか。

中島:前職ではデザイン会社を起業・経営していました。コアミックスには前職のときからデザインやマーケティングのお仕事で関わっていたんです。なので、エンジニアとしてコアミックスに関わっていたわけじゃないんですよね(苦笑)。コアミックスが発行する『月刊コミックゼノン』の創刊時には、ロゴの制作やデザインまわりをディレクションしたくらいですから。

――そうだったんですね……!そこからどうやって入社することになったのですか。

中島:『月刊コミックゼノン』の創刊パーティーで初めて堀江と話したときに、彼が「世界中に漫画家を育てるプロジェクトに余生を使いたい」と熱く語っていました。僕が英語を話せることや、当時のコアミックスに理系の人間が少なかったことから興味を持ってもらえたんです。その後、世界マンガ家オーディションという事業の立ち上げに関わらせてもらったうちに、当時の編集長から「漫画編集者としてうちに来てくれ」と説得されて。断る選択肢はなかったですね。

 

――伊藤さんはもともとどんなお仕事をされていたんですか。

伊藤:前職はさまざまなコンテンツを提供するゲーム会社でした。WEB系のエンジニアとマーケターを兼任していました。

――エンジニアやマーケターをされていたとなると、漫画出版社ではなくIT企業などへの転職も考えられたと思うのですが、なぜコアミックスに転職されたんでしょうか。

伊藤:コアミックスが出版事業だけではなく、漫画に関する特許取得を目指すなど、新しいことに積極的にチャレンジする社風に惹かれたんですよね。それと同時に、エンジニアとして活躍できる将来性も感じたんです。前職でマーケターもしていたので、コアミックスが今後目指す方向と私が貢献できる部分がマッチするのではないかと思いました。

現在はデジタル推進課という部署で、社内の業務を効率化するシステムを作っています。社内で「こういうフォーマットでデータが見たい」というリクエストがあれば、それをシステム化します。業務の一部をシステム化することで、今まで人の手で数時間かけていた作業が数秒で終わるようになりました。あとはSNSやWEBを使ったプロモーション、その戦略を立てるための仕組みづくりなどを行っています。私のようにエンジニアとマーケターという二足の草鞋で仕事をしている人は珍しいかもしれないですね。

 

“漫画好き”が集まった唯一無二のエンジニアチーム

――コアミックスにエンジニアチームができたのは、約4年前からとお聞きしました。その背景を教えていただけますか?

中島:入社後、オンラインイベント運営や漫画編集、漫画販売などを担当してきましたが、社内で漫画の販売データがあまり活用できていないことを、すごくもったいないと感じていました。

漫画の売り上げが伸びたときに、最新刊が売れたのか、それとも1巻が売れたのか、買ってくれたのが既存のファンなのか、それとも新しいファンなのかで、意味合いが大きく変わるからです。例えば、新しいファンが1巻を買ってくれたならその作品には将来性があるとわかります。データを活用して「こういう展開がウケた」とわかったら、それを作品にすぐ反映することもできるんですよね。

そんなときにちょうど、世間のレコメンドAIブームに乗ってコアミックスの漫画アプリにもAIを採用しようという動きがありました。そこで「僕にレコメンドAIを作らせてください」と名乗り出て、ついでに単行本や電子コミックスの販売データをまとめたデータウェアハウスを作ってみたんです。後にそのシステムが全社規模で使われるようになり、現在では漫画の売り上げのほとんどを毎日リアルタイムに更新できています。こんな漫画出版社は今のところ、うち以外にないと聞いています。

 

――そこから中島さんがエンジニアを束ねるチームを作り上げた、と。

中島:そうなんです。初めは「MAI研究室」という名前の非公認組織として立ち上げたのですが、社内で別業務をしていた有志を集めて、現在は4名が所属する正式な部署になりました。

僕の部署では、社内のインフラのクラウド化をはじめ、従来業務のクラウド活用推進など、社内のIT全般を担っています。そして、先端研究として、自分たちでディープラーニングや生成AIの研究を行ったり、大学など社外の専門家と共同で「漫画がなぜ面白いのか」を定量的に研究・分析しています。それらで得られた知見を作品づくりと販売にフィードバックできる体制を目指して、人材育成から特許取得まで包括的な業務を担っています。

現在、チームには漫画編集の部署から異動してきて、初めてビッグデータやデータサイエンスを覚えたような人たちが集まっています。でも今はみんな、R/Pythonを用いたデータ分析もバリバリこなすくらい活躍していますよ。

――エンジニアを外部からアサインしてチーム構成せずに、あえて社内から未経験の人たちを集めたのはなぜでしょうか?

中島:今はエンジニアが遠い存在ではなく、努力すれば誰もがエンジニアとして活躍できる時代です。その中で、漫画出版社におけるエンジニアのキーになるのは「漫画づくりの知見」だと思っています。しかし、面白い漫画を作りたいという熱意と、漫画づくりの知見を両方持つ人は世界規模で見てもかなり少ない。だからこそ、漫画づくりに関わってきた人たちでエンジニアのチームを作ることは、むしろ強みになると思いました。

 

エンジニアの分析したデータが漫画の「命」をつなぐ

――お二人ともエンジニアの枠を超えた幅広い業務をされていますが、どのような瞬間にやりがいを感じますか?

伊藤:一般的なシステム開発会社では、クライアントさんが他社にいるため自分が作ったシステムが、納品したあとにどう活用されているかまでは見えません。しかし、コアミックスだと、私が作ったシステムを使って喜んでいる人たちの姿を間近で見られるんです。「めちゃめちゃ便利になりました」とか「助かりました」という声を直接かけてもらえる瞬間は、今までにないやりがいを感じますね。

中島:漫画家さんと漫画編集者が思う一番つらい瞬間のひとつが漫画が終わるときです。大団円を迎える漫画の方が少ないのが現実です。ところが、紙と電子の売り上げをシステムで把握できるようになってから、打ち切りを回避できた作品がいくつもあるんです。データに基づいた結果から、紙ではなく電子書籍で続けようと判断したことで、その後、大きく売れた漫画もありました。こういった形で作品を続ける力添えができたときは、一番やりがいを感じます。あと、ミーハーで恥ずかしいのですが、憧れの漫画家さんと一緒に仕事ができたっていうのも嬉しかったですね(笑)。

 

――働くなかで「コアミックスらしさ」を感じるところはありますか?

伊藤:大前提として漫画好きが集まっている会社です。漫画が好きじゃないと、この会社ではたぶんやっていられないです(笑)。コミュニケーションを大事にしている会社だと思います。代表の堀江もときどき、フロアにふらっと来ておしゃべりすることもありますね。

中島:お世辞じゃなく、堀江が大好きだから仕事をしているという人は少なくないと思います。コミュニケーションを重視する堀江が社長を務める会社だからこそ、月に一度の部署をまたいでの会議をしたり、部活動を推奨したりと他部署とコミュニケーションを取れる環境も整っています。

 

出版業界にエンジニアの視点を持ち込むと、日本の漫画は世界に近づく

――今後、出版社のエンジニアとしてどう活躍していきたいかや、思い描く出版業界の未来はありますか?

伊藤:最新のデジタルトレンドを追いかけるのは中島たちに任せて、それを業務にどう生かすかを考える役割でいたいです。

漫画出版というと職人的なイメージをもたれがちですが、技術を活用することで、制作の効率化や作品の品質向上、より売れる漫画づくりにつなげられると思っています。こういう部分で貢献できるのも、出版社のエンジニアならではかもしれませんね。

中島:僕は作品づくりにおいての“面倒くさい”をシステムで解決すれば、日本の漫画は「世界に近づく」と信じています。漫画づくりと関係のない雑務を機械が全部やってくれたら、出版社は効率よく動けてリソースが空けられる。そのリソースを使って、これからの漫画のための活動ができるんじゃないかと思いますね。

 

――エンジニアの力で、漫画出版の業界も大きく変わっていきそうですね。

中島:漫画が好きで熱意があっても、どうしたら漫画を広められるかはまだまだ模索中というのが正直なところです。でも、僕らのようにエンジニア的な目線から漫画づくりを一緒に面白がってくれる人が増えていくと、日本の漫画というコンテンツはもっと速く、最短距離で世界につながっていけるんじゃないかと期待しています。そのためには自分たちだけではなく、日本の出版業界、さらには世界に仲間を増やしていくことが必要です。

伊藤:中島の「自分たちだけではない」という言葉は、本当にその通りだと思います。例えば家電だと消費者がA社、B社、C社の商品を比べて、どれか一つの商品しか買いませんが、漫画だと「A社もB社もC社も好き」という状況が成り立つんです。むしろそのような漫画好きが増えるほど、漫画業界が活性化して産業の規模が大きくなります。だからこそ、日本全国、もっといえば世界規模で一人でも漫画好きを増やしていくことが、私たちコアミックスだけではなく、全ての出版社、編集者や漫画家さんみんなのハッピーにつながると思っています。

文:稲垣恵美 撮影:関口佳代 編集:エディット合同会社 協力:ちょっと株式会社


※記事に記載の内容は、2024年3月時点の情報です

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