【お前の母ちゃんデベロッパー】自分の人生の優先順位を決めてしまえばいい / 吉谷 愛さん

この記事では、子育てをしながらソフトウェア開発をしている「ママエンジニア」に話を聞いていきます。


専業主婦が夢だったのに、フリーのデベロッパーの道へ

――いま何をされていますか?

北九州に本社を構えるフロイデ株式会社の代表をしています。仕事は経営全般ですが、エンジニアとしてSE業務もやっています。ただ、あんまりやると嫌われるので、プロジェクトの立て直しなどでピンポイントに動いたりしています。

――もともと経営者ではないですよね?

ええ、もともとは専業主婦になりたくて(笑) はじめは一般事務員で就職したんですが、ものすごく無能でして……。それで、苦手なことと得意なことをそれぞれ伸ばそうと思っていました。

――具体的には何をされたんでしょうか。

秘書検定を受けて、苦手な一般事務員としての基礎を身に付けようと思いました。逆に得意だったのがPCです。ちょうどWindows95が導入されたばかりで、スキルの習得がみんな横並びでしたから、こっちならイケるだろう、と考えました。ただ、秘書検定に受かったことで社長秘書になってしまいまして。


――それでどうしたんですか?

やっぱりPCを使う仕事がしたかったのでITの会社に転職しました。COBOLとかVBを使った開発職ですね。ただ、転職先が超ブラックで……。給料も最初の話と3万以上違うし、全く教育してもらえないし、挙句は嘘の経歴書を持って1人で現場にぶち込まれたり、ともう散々でしたね。

――今だったら大炎上しそうですね。

それで嫌になって転職したんですが、転職先で今の旦那に出会って結婚して退職したんです。

――おお、ついに夢だった専業主婦に!

ただ、結婚して3週間後に夫が体調を崩して仕事ができなくなってしまって。急いでフリーで働くことになりました。

――わあ!それは大変……。でも、そんなにすぐにフリーでやっていけるものですか?

いやあ、もう「食っていかなきゃ」と必死でした。仕事をいただくためには評価されないといけない。ならば自分が何を期待されていて、課題は何なのかを理解しないといけない。そうなると嫌でも勉強せざるをえなくなったので、それで徐々に力がついていった感じです。

――その後、法人化して波に乗っていった感じですか?

いえいえ、その後リーマンショックが襲来して仕事が半減してしまい、「東京に行けば何とかなるかも!」と考えて東京で営業をはじめました。高そうなスナックに行って「偉いであろう人」と名刺交換をして翌日には訪問する、なんてこともやってました。


不妊・流産・夫の脳梗塞。デベロッパーに襲いかかる苦難

実は結婚してからずっと9年くらい不妊治療をしていて、3回ほど流産も経験していました。なかなか子どもが出来ずに苦労して。ただ、先ほど言ったようにリーマンショックがあって仕事が激減したので上京して奮起しようとした矢先に第1子を妊娠しまして。

――うわあ、ものすごいタイミングですね。

もう社長をやめようかとも思いましたが、娘が産まれて半年後に今度は夫が脳梗塞になってしまいまして。

――ぐわあ、もう何と申し上げたら良いのやら。

必死で耐えながら仕事を続けて、2人目が生まれた時に「今度こそ辞めよう」と思ったんですが、その時は社員も20人くらいになってて、中堅社員はみんな頑張って私が産休中会社を支えてくれていました。そんな彼らに応えるまでは「辞める」なんて言えない、と思いました。

――家庭内の大変さに反して会社は拡大していった、と。子育てで具体的に苦労されたことって何でしょうか。

そうですね。東京は保育園の時間も長くないので困りました。仕方なくその後はベビーシッターを頼むわけですが、1時間3000円とか掛かるわけですよ。「1時間3000円稼げる女性がどれだけいるんだ!」と憤ったりしながらも、何とかやりくりして過ごしました。でも結局、シッターさんと子供の相性が合わないことが発覚して「ああ、もうこの土地での子育ては無理だな」と思って九州の実家の近くに戻りました。


――それはそれは。東京で大変な思いをされたんですね。

大変ではあるんですが、「お金があれば何とかなる」という風には思いましたね。お金さえあれば、ですけど。逆に地方に戻ると「仕事に対しての理解」が低かったので、バリバリ働きづらい空気なんですよね。「なんで女性なのにそんなに働くんだ」みたいな風潮があったりして。

――そんな風潮があるんですか……。

ええ、実家の父もまだ私のことを認めてくれていませんからね。「女のくせにデベロッパー? 経営だと?」みたいな。まあ、自身が経営者だからというのもあるかも知れませんが。


ママでありデベロッパーである私の子育て

――子育てをするなかで、これはエンジニアならではの発想だなあと思うことはありますか?

子どもにプログラミングをさせたい、という思いは少なからずあるのですが、「無理にやらせても、やらないだろうなあ」とも思うんですよね。とはいえ、プログラミングが楽しいと思えそうな環境に連れて行くことはしています。あまりスパルタっぽくやるのも違うと思うので。


AIBOと戯れる吉谷さんの2人のお子様


――あくまでお子さんの意思でやるように仕向けていくわけですね。

ええ。私が初めてプログラムに触れたのもそうでした。好きな人ができたのを機に「恋占い」のプログラムを組んだんですよね。今思えばそんなことしてないで声を掛けろって感じですけども(笑)

――確かに(笑)

あと、子どもが勉強している算数なんかは見ていると変なスイッチが入って口を出してしまいますね。「なんで1÷0=0と教えているんだ!」とか。

――もはや宿題を見ているママではなくデベロッパーですね。

それでふと自己嫌悪に陥ったり(笑)

――家事などは普通にやられているんですか?

家事はやっていますが、やっぱりAI系を積極的に導入していますね。ホットクックはありますし、ルンバもあります。

――まさか、ルンバのプログラムをいじったりとか?

さすがにそこまでやろうとは思いませんが、家事の効率化は意識しますね。あ、でも知り合いのママエンジニアは組織内のタスク管理ツール「Trello(トレロ)」で家族のスケジュールを共有していますね。

――それもすごいですね。逆に子育てで注意していることはありますか?

スティーブジョブズも言っていましたけど、iPadを子どもに渡しっぱなしにする、ということは避けています。時間を制限したり、パスワードをこまめに変えたり。ただ、パスワードを変えて私が思い出せなかった時に、5才の息子がハッキングしたんですよ。「そこまでしてやりたいのか!」と思いましたね(笑)


ママデベロッパーは自分の人生の優先順位を決めよ

――世の中のママデベロッパーに対して何か思うことはありますか?

そうですね。女性のエンジニアが壁にぶつかるのは、勝手に「自分はこうあらねばならない」と思っているところだと思うんです。必死にやろうとして自らハードルを高めてしまうんですよね。でも、子どもができると残念ながら女性の立場は弱くなってしまいます。そうすると周囲に依存せざるを得ないわけです。

――誰かに頼らざるを得ない、と。

ええ。そうすると何か問題が生じた時に「他責」になっていくんですよね。「夫が悪い」「会社が悪い」と。

――そんな女性エンジニアに対して何かアドバイスってあります?

まあ、結局は考え方だと思うんです。私自身も自分のなかでの優先順位を決めてしまっています。1番は子ども、2番は自分の健康、3番が仕事です。こう定義してしまったので、親に何を言われても優先順位を大事にしているわけです。あ、夫は4番目なんですけどね(笑)

――自分の人生の優先順位を決めてしまいなさい、ということですね。

ええ、思い通りにいかないことは変えようがないわけです。よくある話ですけど、「ここで帰ったら無責任じゃないだろうか」とか思って周囲の残業に付き合ってしまう、なんてことがあると思います。いやいやいや、帰ったらいいんですよ。周りなんて気にせずに。

――もっと自分主導で考えすぎずに、と。

そう、女性エンジニアに言いたいキーワードは「自律」と「寛容」ですね。「自ら上げているそのハードルを下げなさい」と言いたいです。もっと言えば「そのハードル、越えても誰も褒めてくれないよ!」ということでしょうか。

――褒めてもらえないものですか。

人は誰しも褒められたいものですが、意外と褒められません。褒められないから不満に繋がります。それに、女性エンジニアは責任感が強いから、自分のハードルを越えられない罪悪感に耐えられなくて、他責に走るわけです。

――そうなっている人がいたら、どうしたら良いでしょうか。

それこそ早く帰って子どもと向き合うと良いと思います。家庭があって子どもがいて、強制的に仕事からリセットされるのは、ものすごい強みになります。私も子どもと向き合ってから、様々なことが俯瞰しやすくなりました。育児って変なリーダーシップ研修より役に立つんですよ。部下じゃなくて自分の子供ですから、「この子をどうやって幸せにするべきか」という課題からは逃げられないわけです。

――確かにそうですね。

育児をしている時に先ほどお話しした「他責」とか「依存」というものを意識するようになりましたね。子どもに対してもあまり自分が依存してはいけないなとか。


プログラミングにおける“宗教戦争”は絶対に避けるべき

――では、奥様がエンジニアだという男性に何か言いたいことはありますか?

もしエンジニア同士のご夫婦の場合、奥様のやり方を否定しないことが大事です。プログラミングにおける宗教戦争が始まってしまうと議論が激しくなって、それこそ地獄ですから(笑)

――うわあ、お互いに理詰めで戦って、激しそうですね……。

エンジニアではない男性に言うとすれば、「ただ話を聞いてあげてください」ということですね。エンジニアの女性が仕事の愚痴をこぼしてくると理路整然としているから「解決してあげなきゃ」と思うのかもしれませんが、夫に対しては愚痴を言いたいだけで、解決を求めているわけではありません。エンジニアとはいえ奥様も中身は女性ですから、甘えたいだけなんですよ。

――よくありがちな行き違いですね、それは。

家庭の将来で考えると、開発者とかエンジニアというのは他の職業と比べても手堅いですし、今後も色んなものがIT化していく時代ですから、どこにいっても稼げます。奥様は家庭を運営するうえでも力になる人材ですから、存分に仕事をさせてあげるといいと思います。

――家庭を運営するうえでも力になる人材(笑)

デベロッパーママやその旦那様、それからデベロッパーママを腫れもののように触る職場の方がしっかりと理解してくれて、皆が幸せになるといいなと常々思っていますね。

――なるほど。吉谷さん、ありがとうございました!



※吉谷さんが代表を務めるフロイデ株式会社ではデベロッパーママを募集しているとのこと。ご興味のある方はぜひ!



取材協力:フロイデ株式会社
取材+文:プラスドライブ/原 正彦

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