テクノロジー

ローカル5Gで沿線の暮らしを変える―自由が丘駅で実証実験スタート

第5世代移動通信システム、通称「5G」は、高速大容量、高信頼・低遅延通信、多数同時接続という特徴を持ち、スマートフォンなどに向けた全国ネットワークが広まっているのはご存知のとおり。高速通信のメリットをエリア限定で活かし、産業の改革や社会課題解決に役立てようというローカル5Gの取り組みが進んでいます。総務省が募集した、令和3年度「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」には、農業や製造業、防災、医療、福祉、エンターテインメント、交通など26の取り組みが採択され、全国各地で実証実験が展開されています。

今回は、鉄道分野における少子高齢化や作業環境を原因とした就業者不足を解消するべく、線路のメンテナンス業務や車両ドアの閉扉判断にローカル5Gを活用しようとするコンソーシアムの皆さんを取材。プロジェクト責任者は、5G基地局のシェアリングやローカル5Gの基幹システムを手がける住友商事で、課題実証は東急電鉄の自由が丘駅にて行い、ローカル5Gのシステム提供及び技術実証は富士通が担当します。3社のキーパーソンにお集まりいただき、2022年1月から本格化する実証実験の詳細や鉄道、5Gの未来についてお聞きしました。


ローカル5Gの実証実験が行われている自由が丘駅

全国5Gとローカル5Gの事業を展開する住友商事

まずは、住友商事の山田さんです。

山田 晃敬やまだ あきのり さん
住友商事株式会社 メディア事業本部 5G事業部 マネージャー
2006年に大手メーカーに技術職で入社。携帯電話の高周波無線設計のチームリーダーを担当。その後は商品全体のプロジェクトマネージャーとして携帯電話の企画・開発に従事。2019年より5Gミリ波機能搭載の開発機の責任者として多数の実証実験に携わる。2020年11月住友商事入社後、5G事業部にてローカル5Gを活用した新規ビジネス開発に取り組んでいる。

――住友商事さんは、さまざまな5G事業に取り組んでいらっしゃるんですね。

山田さん:住友商事の5G事業は、大きく2つあり、1つは全国5G向けの基地局シェアリングです。5Gを利用できるエリアは4Gと比べると狭いため、より多くの基地局が必要になるのですが、携帯通信事業者さんが各社個別に準備するには用地不足の課題や設備投資負担が大きいため、これを私たちが共用化することで、携帯通信事業者さんの負担を軽減しながら5Gの普及に貢献していくというものです。2021年2月に東急さんとSharing Designという会社を作って展開しています。

もう1つはローカル5Gのインフラ構築・提供です。2019年にケーブルテレビ事業者さんと設立したグレープ・ワンという会社を通じて、通信インフラの構築や、高精細カメラやAIを活用しながら、河川の遠隔監視などの地域防災やスマートファクトリーなど自治体や産業の課題解決に取り組んできました。


住友商事では、全国5Gとローカル5Gによる社会課題の解消に挑戦している

今回の鉄道における課題解決のプロジェクトでは、基地局シェアリングで東急グループさんとお付き合いもあることから、東急電鉄さんの課題をお聞きしました。そして2020年の12月ごろからローカル5Gに関する課題を議論していた富士通さんとも連携して、具体化の検討をスタートしたのです。

コンソーシアムのメンバーは、東急電鉄さん、富士通さん以外に、システムを提供するSCSKさん、パナソニックシステムソリューションズジャパンさんです。そして、ここでの実証結果を商用化する際の普及支援を行うのがJR西日本さん、東京メトロさん、東急さん、住友商事グループ企業のグレープ・ワン、Insight Edgeです。

――最強のチーム、という印象を受けますね。

山田さん:そうなんです。 鉄道業界全体が必要とするソリューションを創りあげる事業です。では、東急電鉄の矢澤さんを紹介しましょう。

コロナ禍で15年前倒しになってしまった東急電鉄の課題

矢澤 史郎やざわ しろう さん
東急電鉄株式会社 鉄道事業本部 技術戦略部 イノベーション推進課長
1999年に東急電鉄へ入社。総務部と広報部を経て、2013年に鉄道事業本部へ異動。駅設備の管理や人事・教育系業務を担当した後、2015年に電気系部門の企画セクションへ異動。業務効率化など、さまざまな事業課題の解決に従事。2019年4月に多数の技術部門を横断して戦略立案を行う技術戦略部 イノベーション推進課長に就任し、鉄道事業のイノベーションを目指す幅広いプロジェクトを推進している。

――東急電鉄さんにとって、ローカル5Gで解決したい課題というのはどのようなものでしょうか?

矢澤さん:東急電鉄は沿線人口やエリアなどをはじめ、恵まれた環境にあるといわれていて、右肩上がりに成長してきました。お客様が減少に転じる境が2035年と予測され、働き手の確保も長期的に考えて余裕があると思っていたのです。ところが、コロナ禍によってお客様の利用が少なくなり、収益構造の変化が突然訪れてしまったのです。

私たちのような装置産業は固定費の割合も高く、収支構造を変えていくという意味で、デジタルテクノロジーを使った省力化や業務の高度化を速やかに進めていくことになったのです。私の部門は新しいお客様サービスを開発していくような取り組みを中心にしているのですが、今回はオペレーションやメンテナンスの業務改善という構造改革という側面が強いプロジェクトになっています。

――今回の取り組みでは、省力化によって働き手の負担を解消するという側面が大きいのですね。

矢澤さん:はい。目視確認で行っている線路巡視業務と、駅係員による判断・合図によって行っている車両ドア閉扉合図業務を高精細カメラやAI、そしてローカル5Gを使って高度化し、安全輸送と運行業務の省人化を両立するものになります。今回の実証実験は、東急電鉄の自由が丘駅で行います。


線路のメンテナンスと、車両ドアのオペレーションの課題解決を目指す

山田さん:ローカル5Gというのは、プライベートなエリアでの構築であっても国の免許が必要で、さまざまな制限もあります。たとえば、自社の敷地内で電波を使うのはいいのですが、関係のない方が所有する土地に影響を与えてはいけません。鉄道の駅のように細長く限られた空間でのローカル5Gの利用という面でも課題があり、普及のために同じ課題意識を持たれている富士通さんも一緒に連携することになったのです。続いて富士通の松目さんを紹介します。

ローカル5Gだから実現できる課題解決を検証

松目 満まつめ みつる さん
富士通株式会社 5G Vertical Service室
2015年富士通グループ入社。モバイルネットワークに係る技術要素をベースに全国通信事業者向け新規サービス活動に従事。2020年7月に富士通へ転社後、次世代ネットワークインフラを起点とし、上位のソリューションサービスまで垂直統合したビジネスプロデュースを担当。ローカル5Gの普及展開に向けたプロジェクトを推進している。

――富士通さんは、ローカル5Gに限らず、さまざまなネットワークインフラを技術的に支える役割を担っていますね。なぜローカル5Gを使う必要があるのでしょう?

松目さん:今回の実証実験は、総務省の情報流通行政局の地域通信振興課が発注元となり、電波資源の有効活用として、ローカル5Gの普及を目指すというものです。富士通の役割は、電波の特性や電波の飛び方を調査・検証することです。

今回の実証におけるローカル5Gの必要性は大きく3つあります。1つは、事業者が帯域を占有できることです。携帯通信事業者さんが提供される全国5Gは、いろいろな人が回線を使えるようになっています。ローカル5Gなら回線を占有して大容量の通信ができます。2つ目は、線路巡視のために車両にカメラをつけるのですが、広いエリアでの移動体通信を続けられることです。3つ目は、車両ドアの閉扉判断を行うために、通信の遅延を最小限に抑えられることです。


全国5Gとローカル5Gの良い点を活かせる技術を検証

これまで有線LANやWi-Fiなどでできなかったネットワークの要件に対しての実証を行うことになります。先ほど山田さんもおっしゃっていましたが、横長な狭小エリアに対して、今回のアプリケーション要件を実現するエリア設計がチャレンジングな領域になっています。自由が丘駅というのは、東横線と大井町線が乗り入れる複数路線になっていまして、1階部分と2階部分で環境が異なります。このような構造の駅ホームに対して実証実験を行うことは、ほかの駅ホームにも実装・横展開水平展開ができますので、非常にいい環境だと考えています。

定期メンテナンスから、状態に応じたメンテナンスへ

――矢澤さん、まず線路巡視業務の課題と実証内容を詳しくお教えください。

矢澤さん:線路の巡視というのは非常に泥臭い業務です。暑い日も寒い日も安全のために係員が一生懸命歩いて検査をしています。私どもの線路長は100km近くありますのでかなり大変です。この巡視は、決められた期間に定期的に行なっているのですが、効率がいいとは言えません。これを、線路の状態を恒常的に監視できるメンテナンス手法に変えて効率化しようと考えていたのです。

日々運行する営業車両にカメラやセンサーを取り付けて画像などのデータを集め、AIで差分の解析をした上で、故障や不具合などの状態を予知してメンテナンスに臨めば、無駄が省けます。同じ装置や設備でも人と同じで、弱いものもあれば頑丈なものもあります。一斉に点検して一斉に交換するようなメンテナンス手法より、悪いものだけ修繕したり、取り替えるようにできれば、労働力的にもコスト的にも平準化ができます。


デジタル技術を使って巡視点検を効率化していく

――目視の代わりになるからには、かなり精細な画像が必要だと想像します。

矢澤さん:実証では4Kカメラを使っていて、レールの小さな傷も判断できますが、決して十分とは言えません。将来的には細かなズレなども検出できるセンサーも使って精度を高めていきたいと考えています。

――すべての線路をチェックするとなると、実証終了後の実用化では、沿線全体にローカル5G網を展開するのですか?

松目さん:使い方によると思います。駅にはローカル5Gの設備を敷き、線路では全国5G網を組み合わせて、大容量のデータのアップロード時は駅でローカル5Gを使う、といった切り替えも今後の検討事項になると思います。

山田さん:これは本当にコスト次第だと思っています。全国5Gが従量課金方式の場合、4Kで撮ったデータを、営業車両が常時通信し続けると通信料金が気になります。コストをいかにかけずに必要なオペレーションができるかが課題ですね。

矢澤さん:私からも、富士通さんにコストの面で頑張ってもらいたいです(笑)。ローカル5Gなら専用回線のように使えるため、今回の実証テーマだけでなく、信号や無線など保安のための設備にも応用できると思います。物理的な光ケーブルが災害で寸断されるような場合のリスク低減にもつながりそうです。

運行の安全を守る係員をテクノロジーで補助

――もうひとつの取り組みである、車両ドアの閉扉判断の課題と実証内容についてお教えください。

矢澤さん:ホーム上で駅係員がお客様の状況を目視で確認して、閉扉判断合図をする駅もあります。ご覧になったこともあるのではないでしょうか。駅のホームは直線ではないところも多いので、モニターで確認できないところは駅係員の目で確認して、ライトの光などの合図を送って車掌が閉扉などを行っています。人間の集中力にも限界ありますし、雨風や暑さ寒さもあります。このオペレーションを1日何時間もしなければなりませんので、非常に厳しい職場環境と言えます。

そこでテクノロジーを使ったアシストができないかと考えていたのです。カメラと高速通信を使って省力化することによって、環境的な厳しさを取り除き、その分、新たな価値を提供できる業務ができないかという観点での取り組みです。


画像解析とリアルタイムな通信で長時間の目視確認を軽減


自由が丘駅ホームに設置された実証のためのカメラ

運行中の列車を駅で長時間停めるわけにはいきませんので、瞬間の判断が必要になります。こちらの取り組みは、低遅延というローカル5Gの特性をより活かしたものだと思います。

――運行時間と乗客の安全両方を守るというのは大変なことですね。最近では列車内での暴行や放火など、凶悪事件も起きています。テクノロジーは防犯面でも貢献できるのでしょうか?

矢澤さん:2020年からソフトバンクさんと取り組んでいるのが、LED蛍光灯一体型の防犯カメラ「IoTube(アイ・オー・チューブ)」です。これは4Gデータ通信機能を備えており、車両内の状況を司令所など遠隔地でも取得できる仕組みです。


LED蛍光灯一体型防犯カメラ「IoTube」

列車内には、鉄道で事故や事件などが起きたとき、お客様が乗務員に通報できるボタンがあります。対話できるようマイクとスピーカーもついていますが、車内で事件などが起きた場合、ボタンを押した方は安全確保のために逃げられて、こちらが問いかけたときにはその場にいらっしゃらないという状況もあり得ます。カメラで状況を確認できるなら、車内の状況が確認できることで適切な措置を取る一助になります。

また、防犯カメラがあることを皆さんがご存知ならば、犯罪そのものの抑止にもつながると思います。ローカル5Gなら、車内だけでなく線路側にもセンサーをつけて踏切の安全確認を行うなど、さらなる安全運行の発展が期待できます。日本中で普及して、コストがガンガン下がっていくことを期待しています(笑)。

――コストは重要ですね。どうしたら下がっていくのでしょうか?

松目さん:全国5Gで携帯通信事業者さんが使っている設備は耐久性が高いもので、それなりにコストがかかります。今後、ローカル5Gの普及によって、設備機器がたくさん流通することで単価を落としていくというのは、競合も含めた業界でも取り組んでいるところです。

山田さん:グループ会社のグレープ・ワンはケーブルテレビ事業者さんと連携しているのですが、今ケーブルテレビ事業者はローカル5Gの免許を最も多く持つ業界と言われています。ローカル5Gならインターネット回線の引き込み工事が不要になるメリットがあるからです。富士通さんとも連携してボリュームディスカウントしていきたいと考えています。

未来をつくるためにテクノロジーができることとは?

――将来についてお聞きします。鉄道はMaaS(マース:Mobility as a Service)やスマートシティにおいて中心となる存在だと感じています。今後はどのような事業展開をしていきますか?

矢澤さん:人々がリアルで会えなくてもスマートデバイスとネットワークを通じてコミュニケーションができる時代になりました。東急電鉄としては沿線エリアにおいてさまざまな「体験」ができる価値を提供していかなければならないと考えています。リアルな移動を促すために、ご利用される皆様の体験や感動を作っていくという文脈がないと、将来的に鉄道の移動は廃れていくと考えているからです。

これまでリアル一辺倒だった当社ですが、これからはオンラインでお客様とつながる入口を作る必要があり、それをスマートにお使いいただくためのネットワークインフラが不可欠だと感じています。たとえば、安価で高速、大容量のネットワークがあれば、沿線の差別化になっていくでしょう。鉄道そのものは、今やネットワークインフラの一つだと思っています。人・物・お金・情報の移動がネットワークされていくなかで、どういう文脈を描いていくかが課題です。

――先端技術を扱う富士通さんとして、エンジニアは今後どのようにテクノロジーに取り組んでいくべきだとお考えですか?

松目さん:富士通としては、スマートシティやデジタルツインのようなサイバー空間で、情報のリアルタイムな収集とアクションを起こすようなプラットフォームを実現していきます。たとえば、人流の検知や設備の異常検知など、状態の可視化をもとにアクションを起こせるようなプラットフォームです。

エンジニアの皆さんには、我々がまだ気づいていない課題や、地域や社会に貢献するための情報を収集する方法などのアイデアを提供いただきたいと思っています。

――最後に山田さんからもテクノロジーを活用する私たちの未来と、エンジニアの方々へのエールをおねがいします。

山田さん:私の夢は、自分の技術力で次世代のスタンダードをつくることです。その夢を持ってメーカーの技術職で無線技術をはじめとする先端の技術を学んで商品開発をしてきました。5Gに携わり実証を重ねるうちに、通信が単なる人と人のコミュニケーションでななく、人と物、物と物がつながり、スマートシティやスマートファクトリー、遠隔医療、自動運転、教育など幅広い分野で変革を起こすと確信するようになりました。そんななか、国や業界の境目なしで新しい事業に挑戦できる商社に昨年転職してまいりました。

エンジニアの皆さんも、夢を抱いて現在の仕事に熱意を持って取り組めば、おのずとキャリアは形成されていくと思います。加えて、人とのつながりを大事にしてほしいです。1人でできることは限られています。今回の実証実験のように協力し合える仲間を増やしていくことが、夢の実現に欠かせないと実感しながら日々仕事をしています。


左から、富士通の松目さん、東急電鉄の矢澤さん、住友商事の山田さん

――みなさんありがとうございました。最強のチームによって、社会を変えるプラットフォームができあがることを期待しています!

企画・取材・文:森 英信アンジー)/編集:プレスラボ

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