古くからIT業界では『ウィズアウトコーディング(without coding)』や『ローコード(low code)』など極力コーディングをしない手法、コーディング作業軽減による開発が行われてきた。
プログラミングスキルを持つ人だけでなく様々な人が関わるようになり、開発コスト削減にも繋がってきた。
そして、2019年頃から『ノーコード』という言葉が世の中で頻繁に飛び交うようになる。
プログラミングをすることなくアプリやWebサービスをつくる開発手法だ。
ノーコード開発ができるプラットフォームが各国で誕生し始め、
同時に日本でもその存在が注目され始めてきた。
しかし、当初は開発できるものは機能に制限があり、
日本のビジネスシーンでの実用には向かないという意見もあった。
それが今では、日本でも大手メディアが取り上げるほか、NTT DATAやTIS、 サイボウズなど日経大手SIerもノーコード開発に取り組んでいる。
そんなノーコード開発にいち早く注目し、可能性を見出した日本人がいた。
ノーコード博士
本名不明・年齢不詳のこの起業家は、サイバーセキュリティの専門家として、各企業や政府公的機関にて技術顧問を務めてきたという経歴以外は、その素性もほとんど明かされていない。この正体不明の男が、今年4月に、ノーコード開発ツール『Adalo』を使い数日で完成させたというオンライン就活プラットフォームの『SPOTTO』は、日本初のノーコードアプリのM&A案件となり、日本の大手メディアのみならず、海外でも話題になった。
博士:「日常のいたるところにある“不便”を見つけて、それをみんなが喜ぶ形で解決することが、ワシにとっては面白くてしょうがないんじゃ。それを繰り返しているうちに、気付いたら多くの事業が生まれ、ワシの知識や経験を頼ってくれる人が増えておった」
今回、博士のアプリ開発の様子を追いかけながら、ノーコード開発の裏側に迫っていく。
『ノーコード』とはプログラミングを必要としないアプリケーション開発システムであり、
パワーポイント感覚で、誰でも短期間で、アプリケーションの開発ができる。
現在、複数の開発プラットフォームが存在しているが、本記事では『Adalo(アダロ)』を例に紹介をしていく。
『ノーコード』が示す大きな可能性
ーーー2019年の年末。
複数のプロジェクトを同時進行していた博士。
博士:(年末は毎年いろんな相談が来るんじゃ。大きなプロジェクトから小さなものまで。わしが何人もいたら対応できるんじゃが、この歳になって追いつかなくなってきたきたわい)
そんな慌ただしい時間を過ごしながら、情報収集をしていた時ある言葉に目が止まった。
『ノーコード』
実は以前からその存在事体は認知していたが、広く実用に耐えうるアプリケーションを開発するには機能不足だと考えていた。しかし、改めて『ノーコード』の実状を見ると開発プラットフォームが、大きな進化を遂げていたのだ。
博士が注目していたのは、ノーコード開発プラットフォーム『Adalo』。
『Adalo』は、UI/UXに優れ、実用に十分に耐えうるネイティブアプリケーションを開発するのに十分な機能を備えており、開発者の生産性を大幅に向上させる可能性に満ちていた。
このように、アプリ設計に必要なパーツが用意されており、ユーザーは必要な機能を備えたパーツを、レゴブロックを組み立てていくような要領で組み合わせていくことで、アプリケーションを開発できる。
博士:(これがあれば事業への実用性もかなり高くなる。なによりコード不要でつくれるというのも興味があったし、それが事業スピードに与える影響を考えるとワクワクしたんじゃ)
インターネットが日常的に使われるようになった現代。
世界の人口は約80億人。
しかし、プログラムを書ける人数は、世界人口の0.3%と言われている。
『ノーコード』があれば、プログラムを書けない人でもアイデアをすぐに実現できるようになる。
そのひとりひとりがアイデアを形にすれば、手を伸ばしても届かなかった未来が、予想もできないスピードで近づいてくるかもしれない。
その未来を、自分の手で引き寄せてみたい。
こうして博士は、『ノーコード』を世に広めていくことを決意する。
『ノーコード』でビジネスが動き出す
時は過ぎ、2020年4月。
新型コロナウィルスが蔓延し、世界中が大混乱の最中にいた。
そんなある日、博士の元に人材紹介会社である株式会社For-A Careerの代表取締役・浅尾洋伸氏から連絡があった。
就職・転職エージェントを営んでいた浅尾氏は、コロナ渦で大きなダメージを受けている学生たちの就職活動をなんとか支援できないかと奔走していた。
学生は説明会やインターンシップ・選考など様々な過程を経てようやく採用に至る。しかし、毎回企業に足を運んでいては、交通費・宿泊費ばかりが重なり、さらにこの緊急事態宣言状況下では、対面式の就職活動はほぼ無理に等しかった。
就活者・採用企業にとっても深刻なこの状況を救えるサービスをつくれないか。
この問題にスピード感を持って対応できる、優秀な開発者はいないかと。
そこで、白羽の矢がたったのが博士だった。
しかし、その頃博士は、本業で大きなプロジェクトを動かしている最中だった。コストも労力も割けない条件で開発する手段を探す必要があった。
そして、1つのキーワードが、博士の脳裏をよぎった。
『ノーコード』
博士の心の中で全ての点が繋がり、1つの道筋が見えた。
その場で要件定義をかため、すぐに『ノーコード』で開発を始めた。
これが、日本初の『ノーコード』アプリの買収へと繋がっていく。
『ノーコード』開発の実態
実は、年末に『ノーコード』を本格的に使い始めてから、ビジネスでの実装に対応できるよう下準備を進めていた。そのベースを活かして『SPOTTO』の開発に着手した。
コンセプトは『Web説明会のプラットフォーム』。
企業と学生をマッチングさせ応募から面接までをWebで完結させる、リモート就活を目指して始まったプロジェクトだ。
まさに、これからの時代の就職活動における新たなサービスの基盤になるだろう。
実際の開発作業の一部を覗いてみよう。
テンプレートも用意されているが、このような真っ白な画面からスタートしていく。
これが、ページの土台となるもの。
ナビゲーションバーの設置や、
背景色の変更。
リスト項目の追加。
このように一つ一つの要素・デザインを組み立てていく。
すると、
最終的に、1つのコンテンツページが出来上がる。
内容にもよるが、コピー&ペースト機能を駆使すれば1ページ数分でつくることも可能。
実際の作業風景はこれだ。
※動画を再生すると大きな音が出る場合がございます。
『SPOTTO』のページの中でポイントになる要素が3つある。
①カレンダー機能
②定型文機能
③友人紹介機能
これらの機能は、博士が他のアプリやサービスを参考に取り入れたものだ。
まずは、①カレンダー機能だ。
就活生が気になった説明会にアポイントメントを入れ、スケジュール管理をできる機能が実装されている。実は、このようなカレンダー機能は元々『Adalo』にはなかったもので、博士が独自に組み込んだものだ。
次に、②定型文機能。
就活生が頻繁に使用する定型文の機能が実装されている。ノーコード開発で開発のコストが下がったことで、ユーザーのフィードバックにより多くの労力を割けるようになり、ユーザー目線での機能の追加や調整が加速したという。
博士:「ところで、メッセージ機能は、いろんなアプリやサービスで使われているが、実は簡単に出来上がる仕組みではないんじゃ。発信者のメッセージをデータベースに格納し、誰が発信したのかを分類・整理する。閲覧者によって見え方も変えなきゃならんから、見た目以上に複雑なつくりになっているんじゃ」
最後に、③友人紹介機能だ。
設定された招待リンクをコピーペーストして友人に送ることで、このアプリに招待できるというものだ。現在『Adalo』ではこの機能はデフォルトで用意されているが、当時はなかったもので、博士は独自に組み込んだ。
開発途中、何度も浅尾氏と打ち合わせが行われ、そのたびに『ノーコード』のスピード感が発揮された。
通常のアプリ開発では、打ち合せは、クライアントの要件を聞く場だ。
開発者側はそれを社に持ち帰り、次の打合せまでにコードを修正する。
通常であれば打ち合わせ後、数日後に修正版をクライアントが確認する流れになるだろう。
しかし、博士と浅尾氏の打合せは、終始こんな形だった。
浅尾氏が「下のバーを少し細くしたい」と言う。
数秒後に博士が、要望を反映した画面を見せる。
浅尾が「タブを4つから5つに変更したいです」と言う。
すると数秒後には、反映が完了している——。
そのスピード感に浅尾氏はあっけにとられていたという。
毎回ミーティングの終わりには、博士のこの言葉がお決まりになっていた。
博士:「次のミーティングまでに、今度は何を実装するか考えておいてもらえるかぃ?」
こんなやりとりでアップデートを繰り返しながらカタチになっていった。
完成、そして買収へ。広がる『ノーコード』の可能性。
そして、2020年6月、『SPOTTO』は完成しリリースされた。
最終的に出来上がったアプリがこれだ。
これらは、一部のページだ。
学生は、プロフィール情報を登録することで、カレンダーでのスケジュール管理、説明会への参加、企業へのメッセージ・応募、面接、そして内定までをオンライン上で完結できる。
企業は、企業情報を登録することで、説明会の開催、学生とのメッセージのやりとり、面接の実施、内定までの一連の流れを実施できる仕組みだ。
実際の『SPOTTO』を使用してみると、UI/UXに優れ、使い心地もよい。数時間で開発されたとは、言われなければ誰も分からない出来栄えだ。
アプリの全体像はこちら。
『SPOTTO』は、全体として40枚ほどのスライドで表現されている。元々エンジニアとしての開発経験のある人ならば、扱いに慣れれば一週間ほどで開発できる作業量だという。
これだけのコンテンツがありながら、実質3日間でフレームワークが出来上がり、アプリそのものは約1週間で完成。そこからデザイン修正や検証を繰り返しながら、約1ヶ月という驚異的なスピードで納品に至った。
博士:「とはいえ本業の片手間で制作してその期間だったんじゃ。それがなければ、もっと短い期間で開発できたじゃろうな。この経験を通して、思った以上に『ノーコード』には大きな可能性が秘められていると考えるようになったんじゃ」
そして、株式会社For-A Careerは『SPOTTO』を買収し、日本初のノーコードアプリのM&Aとして各メディアを賑わすことになる。
世界に次の革命を起こすために
博士:「この一件は、日本でのノーコード開発の着火点となったはずじゃ。起業家たちは、出口が見えれば走り抜けることができる。これからどんどん、ノーコード開発で売却を目指す事業が増えていくはずじゃよ」
そして、2020年7月、ノーコード開発に大きな可能性を見出した博士は株式会社NoCodeJapanを設立した。
誰しもがアイディアをカタチに出来る、ノーコード開発プラットフォームClick(現在β版)の開発やノーコード開発者のための情報交換サイト・No Code Forumの運営を手掛けるほか、防衛大学にてノーコード開発の授業を開始するなど、設立一年目でありながら、ノーコード開発を語る上で外せない存在となっている。
博士:「実際には『ノーコード』はまだまだ発展途上の段階じゃ。世の中では、多くの人たちは学ぶ・つくる段階であり、サービス開発・売却がまだこれから。じゃが、とある文献によれば2050年までに世界のソフトウェアの70%は『ノーコード』でつくられたものに入れ替わる、と言われておるんじゃ。それほど大きな可能性が秘められている」
博士:「世界はこれまで、産業革命と情報革命、2つの革命を経てきた。ワシは、次に起こる革命は“実現革命”なんじゃないかと思っておる。自分の頭の中にあるアイデアを簡単にモノにでき、それを簡単に売買できる。そんな世界が早く見たくて、いてもたってもいられないんじゃよ」
まとめ
世の中に少しずつ広がっていく『ノーコード』。
これまで一部の人によって行われていたアプリやWebサービスの開発がより身近なものになり、様々なビジネスが世の中に誕生していくだろう。リアルからWebへの移行が活発になっている今、その動きはさらに加速していく。
コロナウィルスの影響により先が見えにくい世の中で、まずは自分の頭の中にあるアイデアを『ノーコード』で形にしてみてはどうだろう? それが、新しい世の中をつくる一歩になるかもしれない。
ノーコードジャパン公式HP
https://nocodejapan.org/
ノーコード開発プラットフォームClick
https://lp.click.gmbh/?fbclid=IwAR3epGzNbedVTcWE8yRBUjC1Ngm5RTwZ6knsrJmU77Pdh3v-R6V3r_Tb-ks
撮影:岡田佳那子
取材+文:坂口ナオ