テクノロジー

狙うは民間初の月面探査!日本発の民間月面探査チームHAKUTOの田中利樹に聞く、地球を飛び出すエンジニアリングに必要なコト

月面に民間開発のロボット探査機を着陸させ
到着地点から500m以上走行し
高解像度の画像・動画データを地球に送信する

これは、Xプライズ財団によって運営され、Googleがスポンサーとなって開催されている月面無人探査レース「Google Lunar X PRIZE(グーグル・ルナ・エックスプライズ)」のルールです。宇宙へのロマンに満ちた同コンテストには、世界10か国以上、16チームの民間組織が参加し、開発のしのぎを削っています。

この宇宙開発レースに日本から唯一参加しているのが、株式会社ispace(アイスペース)によって運営されている日本発の民間月面探査チーム“HAKUTO(ハクト)”。日本古来の伝承にちなみ、月に住むとされる “白兎”の名を冠した同チーム。宇宙開発経験者のみならず、多種多様な経歴を持つ「宇宙好きな人たち」が集結し、月への到達を目指しています。

今回ご登場頂く田中利樹さんも、遠き月面に想いを馳せるHAKUTOの主力技術者の一人です。電子回路設計、また熱設計という分野で辣腕を振るう田中さんは、いかにして宇宙に出会い、そして自身の技術を大気圏の外へと射出しようとしているのでしょうか。

宇宙に興味の無かった青年の人生を変えた、ある新聞記事

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―田中さんが宇宙開発を志した理由をお伺いしたいのですが、やはり幼いころから宇宙に興味があったんでしょうか?

田中:実を言うと…。高校3年生までは、ほとんど宇宙に興味がなかったんです(笑)。

―えっ、意外ですね!では、何をきっかけにこの道に?

田中:転機になったのは、高校3年生の時、新聞で何気なく読んだ記事です。その記事には、『大学生が設計・製作した人工衛星が、日本で初めて打ち上げに成功した』というニュースが掲載されていました。読んで、大きな衝撃を受けたんです。「宇宙開発のようにスケールの大きなプロジェクトを、大学生が実現できるのか!」って。それに感化されて、自分も宇宙に携わる仕事がしたいと強く思い、航空宇宙工学を学ぶことのできる大学に進学しました。

―お聞きしたところによると、進学後に所属したのは、まさにその「日本初の大学人工衛星を開発した研究室」だったとか。

田中:ええ、そうなんです。憧れの研究室に所属して、本当に感激しましたね。そして在学中も研究を続け、念願だった人工衛星打ち上げのプロジェクトに、自分も参加することができたんです。

―その感動は、言葉では言い表せないでしょうね。

田中:はい。そのとき感じた、みんなで一緒にひとつのものを作る楽しさ、作ったものが宇宙で動いてくれる嬉しさがとにかく魅力的で…。その経験が、「ずっと宇宙開発をやっていきたい」というモチベーションにつながっていきました。

銀の弾丸は存在しない。メンバーと意見を交わし、設計の最適解を導き出す

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▲数多くのプロトタイプを経て、現在は写真のローバープリフライトモデル3が完成した。auのCMにも登場する機体だ。

―田中さんは普段、電子回路の設計や、探査機の熱設計を担当されているそうで。開発では、どういったところが大変ですか?

田中:熱設計に関して言うと、「どのような方法で熱を逃がすか」を考えるのは、いつも苦労します。というのも、月面では日光が当たっている側の地表の温度は最高で100℃以上になり、上手に逃がしてあげないとすぐに電子機器が故障してしまうんです。

―それほどの熱さに…。では、その設計は非常に重要ですね。

田中:そうなんです。宇宙空間は真空のため、地球上のように空気を対流させて熱を逃がすことはできません。そのため、熱を「伝導させる」または「放射させる」方法を取ることになるんですが、これが厄介で。

たとえば、熱を逃がすという観点だけから見れば、ロボット探査機の形は「天井面が広く、底面が狭い形」になっているのがベストなんです。その方が、上部への放射によって、熱を効率的に発散できますから。けれど、そうした設計にしてしまうと、重心が上にあるために車体が安定しなくなってしまう。走らせるという観点で見ると、望ましくない設計であるわけです。

―あちらを立てればこちらが立たない…。何を取るべきか、難しいですね。

田中:はい。宇宙開発ではこの例のように、何かを優先させると他の何かが犠牲になる、トレードオフの関係になっているものがたくさんあります。これらの問題を、メンバーと協力し合いながら解決していくんです。

宇宙開発エンジニアリングに必要なこと、それは「嘘をつかないこと」

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▲プリフライトモデル1がこちら。田中さんがHAKUTOに加わり、最初に担当したのは、機体を黒から、熱放射性に優れる銀色へと変更する仕事だったという。 写真提供:HAKUTO

―宇宙開発のように、膨大な数のメンバーや企業が携わるプロジェクトで、意見をまとめあげていく。その苦労は想像を絶しますね。品質を担保していくために、田中さんが大事にされていることはありますか?

田中:まずは、お互いにきちんとコミュニケーションを取ることが大事です。そしてもうひとつ重要なのは、嘘をつかないこと。

―嘘をつかない。具体的には、どういうことでしょう?

田中:ダメだと思った設計には、きちんとダメだと言う。試験で問題のある結果が出た場合には隠さずオープンにし、改善していく。そういった感じのことですかね。

というのも、私たちが作っているロボット探査機は、宇宙に向けてリリースした後は絶対に修理をすることができません。私たちの手を離れてしまいますから。そのため、万が一トラブルが発生した場合、取り返しのつかない事態になってしまうんです。それを防ぐために、「品質を徹底して守る」という姿勢を貫く。これが、宇宙開発を成功させるカギになってくると思いますね。

―圧倒的にシビアな環境で作動するものを設計するのであればこそですね。

田中:我々が目指しているのは、月の中でも、人類が足を踏み入れたことのない未踏の地です。どんなにシミュレーションをしても、不確定の要素はたくさんあります。だからこそ、不確定要素に対応し得る設計が必須です。打ち上げ後に、改修がきかない部分を「非修理系」と呼びますが、こういった部分にいかにバッファを持たすか、という観点が必要です。そしてやり直しがきかないからこそ、妥協なく品質を守る必要があるんです。

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▲月面走行を想定した特殊な形状の車輪を採用する。ミッション達成のための機能的プライオリティを厳密に設定し、さらには総重量を少しでも軽くするための設計は困難を極めるという。

―地球上でのシミュレーションは、当然完全なシミュレーションではありませんよね。なにをもってして、設計上の「これでよし」を判断するのでしょうか。

田中:おっしゃる通り、設計完了を定義するのは非常に難しいです。繰り返しになりますが、月の中でも未踏の地を探査する以上、不確定要素は排除しきれません。その中で、ミッション達成のために絶対に不可欠な要素には、「冗長系」というバックアップを組み込みます。

例えば、万が一、4機のカメラの内、1機が故障しても探査は完遂できます。しかし低温環境でローバーが動かなくなったらそこで終わりです。そのために、ヒーターを積む。こういった「冗長系」を組み込むことで、不確定要素に対応します。とはいえ、それも総重量との戦いなので、やはり非常に困難な部分ですね。

民間の団体だからこそ、チャレンジングな選択肢が生まれる

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▲取材現場となったのは、HAKUTOファンミーティングだ。同プロジェクトを応援する個人パートナーに対し、開発進捗などを発表し、交流を図るイベントだ。こうしたイベント開催も民間プロジェクトならではだろう。

―多くの人は、「宇宙開発とは国家が運営するプロジェクトである」というイメージが強いと思います。その中で、HAKUTOのような民間団体の存在は、とても際立っていますよね。民間ならではのアドバンテージは、どういう部分にありますか?

田中:一例を挙げると、自由度の高さです。実は、国家が運営しているプロジェクトで宇宙開発をしようとする場合、様々なレギュレーションによって制約が発生してくるんです。それに縛られないというのは、利点だと思います。

―制約ですか。たとえばどういう?

田中:たとえば、現在、『au × HAKUTO MOON CHALLENGE』のテレビCMが放映されています。もし国家運営のプロジェクトであった場合、CMを通じて宣伝をするなんてことは絶対に許されません。税金を使って、特定の団体が利益を得るような行為をすることは禁止されているからです。一方、民間の団体ではそういった制約はありません。

―なるほど。それに縛られなければ、活動の幅は一気に広がりますね。

田中:はい。それ以外にも、民間の団体であれば、「リスクのある選択をすることができる」というのも大きいように思います。どういうことかと言うと、国家が運営するプロジェクトでは、成功確率を限りなく100%に近づける目的から、「運用実績が少ない最新の電子機器を導入することができない」という事例が、けっこうよくあるんです。

一方、民間の団体では、「一定以上の成功率が保証できるのであれば、運用実績の少ない機器であっても導入してよい」というケースが多い。それによって、最新機器の運用ノウハウを、国家プロジェクトよりも先に得られるといった良さがあります。そういったフットワークの軽さや、思い切った選択ができること。それこそが、民間団体であることの強みだと思いますね。

自分のエンジニアリングが、人類の活動領域を拡大する

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―宇宙開発の仕事をやっていて、最も興奮する瞬間って、どんなときでしょう?

田中:やはり、自分が作ったものが思い通りに動いた瞬間が、楽しく感じます。開発の過程で、試作機を作って動かしたり、真空装置に入れて実験したり。そうしたステップのひとつひとつが、月へとつながる一歩になっていることを実感できるんです。それから、作った衛星やロボット探査機が宇宙に到達するのも楽しいのですが、それによって採取したデータが世に出る瞬間というのは、きっと最高に嬉しいはずです。「自分のやった仕事が社会に貢献できたんだ!」と実感できるのではないでしょうか。

―まさに「エンジニア冥利」な瞬間になるでしょうね!

田中:私たちのやっていることって、「人類の活動領域を広げていくこと」だと思っているんです。エンジニアリングによって、今まで誰も行ったことのない場所に行ってみたり、新しい発見をしたりして、価値のあるデータをどんどん蓄積していく。将来、私たちのやった仕事が原動力となり、人類が地球を離れて月、火星へと移住できる未来が、いつかやってくるかもしれません。その礎(いしずえ)になれるというのは、最高に光栄なことだと思いますね。

着実な歩みが月まで到達する。その未来は、きっとすぐそこに

宇宙開発を通じて、人類そのものの発展を夢見る田中さん。月への到達には、技術面においてまだまだ乗り越えなければいけない壁がたくさん立ちはだかっています。しかし、その課題に対し、けして嘘をつかずに正面から向き合っていく。そんな姿勢が見て取れました。

地球と月との距離、約37万キロメートル。

途方もない、という言葉が誇張ではないこの距離を「手の届く距離」に変えるため、田中さんの挑戦は今日も続きます。

取材協力:
HAKUTO
株式会社ispace

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