Synamon(シナモン)がVRでオフィスをなんでもできる空間に

本日はVR空間からアバターで失礼いたします。みなさん現実世界でいかがお過ごしでしょうか?

▲アバターでわかりづらいですが、お辞儀をしています

筆者は現在、株式会社Synamon(シナモン)にて、VR会議システム「NEUTRANS BIZ(ニュートランス・ビズ)」を体験しています。

同社は、五反田にオフィスを構え、XR(※)技術を活用したプロダクトを開発している企業。過去には人気漫画の世界を再現したVRプログラムの開発を行うなど、「XRが当たり前の世界を作る」をミッションとして、VR・AE技術をより身近に感じられるプロダクト開発を行っています。

※ エックスアール、もしくはクロスリアリティ。VR、AR、MR等を包括したテクノロジーの総称

そんな中で開発されたのが多目的なVR空間を提供するプロダクト「NEUTRANS BIZ」。複数人で同じVR空間に入ってコミュニケーションを取ることができるシステムで、会議やイベント、交流会などの場面で活用できます。

思い返せば、2020年は新型コロナウイルスの影響でふだんの生活が一気に変わった年でした。

リモートワークの普及により、私たちのコミュニケーションはほとんどが「画面の中」で行われるように。会議もリモート、イベントもリモート、挙句の果てに飲み会もリモート……。そんな画面越しのコミュニケーションに今ひとつ物足りなさを感じる人も少なくないはず。

しかしそんな遠隔でのコミュニケーションも、VR空間で行えば新鮮な体験になるのではないでしょうか? 物足りないことだらけのWeb会議であっても、「VR空間での会議」なら新しい突破口が開けるのでは?

そこで本日は、「NEUTRANS BIZ」などのプロダクトを開発している同社を訪問。なぜこのようなシステムを制作したのか、どのように使うのか、実際のVRシステムを体験させていただきつつ、お話を伺います。

※ 新型コロナウイルス感染症の拡大防止策として、会場は十分に換気し手指を消毒した上で、適度な距離をとってインタビューを実施しました。

楽しんで作った「なんでもできるVR空間」が会議システムに

冒頭のVR体験をスタートする前に、Synamonの武井さんと西口さんに同社のVRプロダクトについてお話を伺いました。

——VR技術というと、一般的には映像とかゲームとか、エンタメ方面で活用されているイメージでした。「ビジネス使用が目的のVRプロダクト」ってとても珍しいですよね。

西口さん:そうかもしれないですね。弊社の創業は2016年なのですが、その頃のVR映像のイメージって、ジェットコースターに乗っている映像を見て「楽しい!」っていう程度のものでした。でもこれって、「見て、終わり」のものじゃないですか。

そうではなくて、「毎日使えるVRを作る」というのがNEUTRANS BIZを一番通してやりたいことでした。どうやって形にするか頭をひねり、まず「C(一般消費者)向けのプロダクトは無謀だよね」と。まだVR機器がほとんど普及していないし、作っても利益が出る保証がないので。

▲株式会社Synamon取締役・西口雅幸さん。同社代表の武樋 恒(たけひ・わたる)さんとともに、創業メンバーのひとり

——そこで目をつけたのが「会議」だったんですね。ビジネスでの活用を目標にしてプロダクトを開発した、と。

西口さん:いえ、実は最初から「会議システム」を作ろうとしたわけではないんです。「B(ビジネス)向けのプロダクト」は決まっていたものの、どちらかというと、「なんでもできるVR空間を作ろう」という興味からスタートしました。

まだ具体的な方向性が定まっていないときに、VR空間に皆で集まって、喋りながらブロックを持って投げたりしてみたら、すごく面白かったんです。次に空間内で銃を出せるようにして皆で撃ち合ってみたら、それも面白かった。次は絵を描けるようにしてみよう、カメラを使って撮影もできるようにしよう、と要素を足していった結果、「多目的なVR空間」ができあがりました。

ではそれをビジネスで使うなら、と考えた結果、「この空間で会議をできるようにしよう」となって。

——なるほど。ビジネス的な課題解決ではなく、皆さんの興味からスタートしたプロダクトだったんですね。

武井さん:開発中、最初にNEUTRANS BIZの空間に入れてもらったときは衝撃でしたよ。それまでのVRって、基本的には1人で1つの空間に入るものがほとんどだったので。1人でなく皆で同じ場所にいるだけで、こんなに体験価値が変わるんだ、と。

▲同社執行役員・武井勇樹さん。NEUTRANS BIZのクローズドβ版リリース直前の2018年に入社されたそう

——確かに。会議ができればイベントや交流会といった用途でも活用できますし。

武井さん:実は最近のプロモーションでも、「会議」という言葉はなるべく使わないようにしているんです。もうちょっと多目的な場であることを知ってもらいたいので。

——実は私は自分で操作できるVR体験をするのが初めてで……。NEUTRANS BIZのVR空間はどのような場所なのでしょうか?

西口さんよく「幼稚園みたい」といわれるんですよね。デモで使ってもらうときは、空間の中央に動かせるブロックを置いているのですが、体験者がVR空間に慣れてくると皆さんそのブロックを手にとって、投げるようになる(笑)。

西口さん:自分で動かせるVRのデモでは、「モノを持つ」「離して落とす」という動きが基本になります。ですので、NEUTRANS BIZでも「モノを投げる」動きを実装しているのですが、皆さんそれが珍しいみたいで。

——皆が好き放題に遊びだす……。通常の会議では絶対にありえない光景ですね。体験が楽しみになってきました!

いざVR空間へ!バーチャルオフィスでインタビュー

では、お二人のお話を踏まえて実際にVRシステムNEUTRANS BIZを体験させていただきます。

▲体験は、「Oculus Quest」を使用して行いました

まずVRゴーグルを装着し、左右の手にコントローラーを持ちます。ログインの設定をして、VR空間に入ります。すると……

見覚えのあるのオフィスだ!!!

▲通常のSynamonオフィスの様子(撮影:Synamon)

VRシステムに入った先は、なんと取材前に拝見したSynamon社のオフィスでした。オフィスの奥行きやデスクの配置、窓や小物の大きさまでほぼ同じ。「さっき見たあの場所だ! 」と、すぐにわかる再現度です。

VR空間では本人とアバターが連動し、コントローラーの動きを画面上で再現してくれます。お辞儀や握手などノンバーバルなコミュニケーションもスムーズです。

▲案内してくれているこちらのアバターは武井さんで

▲こちらが筆者のアバター

西口さんは巨大な机を振り回していました。これが「モノを投げられる機能」か

▲装着している人を外から見るとこういう感じになる(右側が筆者です)

慣れない場所で筆者はあたふたしていますが、せっかくなので、このままVR空間でお話を伺ってみようと思います。

——VR空間に入ったと思ったら、出た先がSynamonさんのオフィスでびっくりしました。

武井さん:これは、参加者が集まる空間をオリジナルにカスタマイズできる機能を活用したものです。最近はこれを使って、普段のオフィスと同じ空間をVR上に再現して「バーチャルオフィス」として活用できないか、検証しています。

お客さんからは「自社のオフィスをVR空間で再現してほしい」という要望も寄せられているので。もちろん空間はオフィスだけでなく、好きな景色をバーチャル背景として設定することもできますよ。

——しかし、先ほど西口さんが振り回していた机は、オフィスにはないものですよね。

武井さん:これは、あらかじめ登録されているオブジェクトを空間内に呼び出す機能を使ったものです。左手のメニューから出せるのでぜひトライしてみてください。

——あ、これですね。

▲左手のメニューを選択すると、手元にウィンドウが表示されます

▲ブロックは、スマホのピンチと同じ要領で大きくしたり小さくしたりが可能

▲コントローラーを使えば、投げたりキャッチしたりもできる

武井さん:あとはペンを選んでいただけると、空間に3Dで描画することもできます。

▲メモは位置情報と一緒に記録されるので、立方体がきちんと立体で描ける

——あの……「ドローン」というボタンが気になるのですが、出してみてもいいでしょうか。

武井さん:大丈夫ですよ!

▲なにもない空間に突如として現れるドローン(空間は、背景の選択機能で「グランドキャニオン」へ変更しています)

——おお! しかし、なんのためにドローンが?

武井さん:ドローン飛行のトレーニング用に実装した機能です。たとえば製造業界から、「加工機の扱いをVR空間でトレーニングさせたい」という要望があるんですよ。実機を触る前にまずはバーチャルで慣れてもらおう、という発想です。何も知らずにいきなり何千万もする加工機や、操作に慣れが必要なドローンを飛ばすのは危険なので。

▲ドローン視点の映像が手元のカメラで表示されるなど、ドローンの仕様も細かく再現されている

武井さん:ドローンは実機と同じ操作方法で設定しているので、VR空間で練習していれば本物もスムーズに操作できるようになるはずです。

——モーターの音まで同じだ! すごい!

音声減衰やディスプレイで、よりリアルなコミュニケーションを

▲引き続き、VR空間でお話を伺っています。現実世界はこうですが……

▲あっちの世界ではグランドキャニオンでドローンが飛んでいます。これが「幼稚園みたいな状態」か

——しかし、これだけいろいろな機能があると、会議はそっちのけでいろいろ触るのに夢中になっちゃいそうですね。「幼稚園みたい」といわれるのもなんとなくわかります。

西口さん:開発時に僕たちも楽しくなっちゃっていろいろな機能を追加したんです。ですが今になって、それが苦労する原因にもなったりしていて

——それはどうしてでしょう?

西口さん:いろいろ要素を詰め込んで作ったプロダクトなので、会議をやるのであれば必要な機能が、当初は備わってなかったりしたんですよ。たとえば、会議って議事録のメモをとるために必ずパソコンを開いて参加しますよね。でもVRゴーグルを付けてここに入ってしまったら、キーボードが打てない

——確かに。今だと「取材中のメモをとれない」みたいな状況ですね。

西口さん:最初に組み立てたものから、それを会議用のプロダクトとして提供できる状態まで調整していくことに苦労した記憶があります。

そもそも使用面の課題として「毎回会議をやるたびにVRゴーグルを装着する」というめんどくささがあります。僕たちが社内で打ち合わせするときだって、短時間であれば別のコミュニケーションツールを使っちゃっているので。お客さんに使ってもらうための課題って、やっぱり自分が使ってみたときの些細な違和感から出てくるんです。

▲好きな場所にディスプレイを出す機能は、会議用として実装された。他にも空間内に付箋を貼り付ける機能もあるそう

——他に、会議やコミュニケーションに特化するために追加した機能はありますか?

武井さん:たとえば、声の聞こえ方の工夫でしょうか。

頭を左右に向けてみてもらえるとわかると思うんですが、自分の横側にいる人が発言したら、ちゃんと発言した人の方向から音が聞こえるようにしています。最近はその機能に、「距離による音声減衰」効果を追加しました。近くの人の声は大きく、遠くの人の声はすこし小さく聞こえるようになります。

▲バーチャルオフィスの窓の外の景色は任意の画像を選ぶことが可能。これは、Synamon社のオフィスで景色をグランドキャニオンにした様子

——アバターだからこそ難しい、「いま誰が発言したのかわかりづらい」問題が解消されますね。

武井さん:それも重要ですが、音声減衰は、よりリアルに空間を再現する工夫でもあります。

たとえば、VRオフィスにうちの社員25人が全員ログインしたとします。そこで会議というかちょっとしたコミュニケーションをする中で、グループが自然に2つに分かれてしまうことがありますよね。

——大人数の飲み会みたいな感じでしょうか。席の近い人同士でそれぞれ違う話題で話し出す……みたいな。

武井さん:そうですね。そんな環境でも目の前のグループの会話に参加しながら、別のグループの様子もなんとなくうかがうことができます。

一般的なWeb会議システムだと、それぞれ別の会議ルームを立ち上げたりして空間をきっぱり分断してしまうことが多いですが、音声減衰効果によってその場の雰囲気とか他の参加者を意識しながら、お互いがシームレスにコミュニケーションしやすくなります

——なるほど。空間だけでなく、音声にも奥行きがある、ということですね。

西口さん:そういったコミュニケーションの体験やVRオフィスの再現度合いから、「ここまで現実と同じように空間を作れるんだ」と驚いてくれるお客さんは多いですね。

「VRでメチャクチャな空間を実現させる」までに必要なステップ

▲リアルな空間に戻ってきました

——VR空間、すごかったです。バーチャルの世界に没入していく感覚というか、現実とはまったく違う空間を体験した感じがしました。

西口さん:VRの一番面白いところがそこなんですよ。たとえば映画って、どんなにリアルにできていても、どうしても第三者的にその模様を眺めることしかできないですよね。でもVR空間なら「実際にそこにいる」ので、それが自分の体験になる。体験しないとそのニュアンスが伝わらないのが難しいところなんですが。

武井さん:ITという言葉は「情報を伝えるためのテクノロジー」という意味ですが、「体験」は情報を超えているものなので。それを伝えられるのがVRの面白さだと思いますね。

▲体験に使用したOculus Questはヘッドマウントディスプレイとコントローラーが連携して腕の位置情報を取得する仕組み。リリースされたときは「これでセンサーが不要になる!」(西口さん)とかなり衝撃だったそう

——確かに、「巨大化した机がぶっ飛んでくる状態」なんて言葉で説明しても伝わらないですよね。

西口さん: VR空間だと、巨大なものをちゃんと「巨大なもの」として実感することができます。3D映画も「飛び出して見える」とはいえ、どうしても画面の四角形の内側で収まってしまうじゃないですか。でも、VRなら奥行きやサイズ感を現実に近い形でリアルに体験することができるんです。

——3D映像とは全く別の特性があって、VRはより「体験」に特化している、と。現実世界ではありえないような、もっとメチャクチャな体験ができたら面白そうですね。

西口さん:たとえば「重力がなく、机が宙に浮く」とか「アバターをタコ型の宇宙人にする」とか、現実とは違う全く新しい世界や体験を生み出すことも、技術的には可能です。でもVR空間が今の世界のルールからあまりにも離れてしまうと、使う人にとって意味がわからなくなっちゃうんですよ

NEUTRANS BIZの世界は特にそれを意識していて、僕らがふだん生活している現実世界から離れすぎないような空間にしています。なので、「参加者は人の形をしている」とか「モノを離したら落下する」みたいな、最低限の現実世界のルールを適用しています。

▲オフィスには新旧さまざまなVR機器が。こちらは「早すぎたVR機」とも呼ばれている任天堂「バーチャルボーイ」(1995年発売)

——では皆がVR空間にもっと入り浸るようになったら、物理法則を無視したような空間でも受け入れられるようになる……?

西口さん:そう思います。でも、そこまでにはいくつか段階を踏まないといけないんです。まずは「現実世界に寄せたリアルなVR空間をベースに、一部リアルには無いものが追加されている」状態に皆が慣れること。

たとえば、NEUTRANS BIZでは手元に操作用のウィンドウを開く機能がありますよね。あれが、「現実世界には存在しないが、技術的には可能なこと」をVR空間にプラスした状態です。

——VRならではの要素はありつつも、あくまでも空間のルールは現実世界に準拠する、ということですね。

西口さん:それに皆が慣れたら、「守っていたものを破る」ステップに進めるようになります。そこでようやく物理法則を無視したような、現実世界と乖離した空間を作れるようになるんですよ

とても面白そうなので、個人的にはやってみたい気持ちもあります。でもNEUTRANS BIZはあくまでもビジネス利用のプロダクトですので、「現実の世界をどう変えていくか」には慎重になって開発せざるを得ないんですが。

▲オフィスの本棚には、XR技術やゲーム制作の書籍に混じって『キングダム』、『蒼天航路』が

——では、VR空間で過ごすことが当たり前になったら、それぞれのルールで運用されている、もっとハチャメチャな世界がたくさん出てくるかもしれないですね。

武井さん:将来的には、それぞれテーマが違うVR空間がたくさんあって、自分が好きな世界を選べるようになったらいいなと思ってるんですよ。

『スター・ウォーズ』が好きな人はスター・ウォーズっぽい世界に行けるのが一番テンション上がるだろうし、もし可能なら僕は中世ヨーロッパっぽい世界に行きたい。個人が好きな世界を選べるようになったら、個人にとってはそれが理想ですよね。

——そうなると、リアルとVR空間とで、別の人格を持つ人も増えるかもしれませんね。それこそ、現在のSNSみたいな。

武井さん:そうなったら「VR空間内の裏アカ」を持つ人が出てくるかもしれないですよね。普段はおとなしくても、VR空間ではいつもと違う格好で暴れまわる……みたいな。

——そのときはそのときで新しい課題ができそうですが……。「VR空間」という新しい選択肢がより世の中に浸透していったら素敵ですね。

▲ 本日はありがとうございました!

(文・編集=ノオト/撮影:品田裕美)

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