プロダクト

分身ロボットで人生が変わった! OriHimeパイロットが抱く 開発者への想い

みなさんは、人生が変わるような体験をしたことはありますか?

世の中のエンジニアは、日夜、人々の暮らしを便利に・安全に・楽しいものにしようと様々なモノを開発しています。そして、エンジニアたちがつくるものは人の人生を変えることもあります。

今回は、人々の人生に大きな影響を与えてきた分身ロボット「OriHime」に注目。
OriHimeのパイロット(OriHimeを操作する人)同士による座談会を葛西臨海公園にて開催しました。OriHimeと出会ったことで、生活や人生はどう変わったのか。3名のパイロットの人生を振り返っていただきながら、開発者そして世の中に伝えたいことを語り合っていただきました。

OriHime
ロボット研究科の吉藤オリィさんが開発したコミュニケーションロボット。生活や仕事の環境、入院や身体障害などにより外出が困難な人が、離れた場所にいながらも遠隔操作で対象者とコミュニケーションをとることができる。株式会社オリィ研究所が主宰・運営する「分身ロボットカフェ」では上記のような人々が、「OriHime」を遠隔操作しサービススタッフとして働いている。
https://orihime.orylab.com/
https://dawn2021.orylab.com/

OriHimeパイロット

サエさん
埼玉県在住。大学卒業後、商社で働いている際に身体表現性障害を発症。2018年よりOriHimeパイロットとして、分身ロボットカフェで働いている。

ヨリさん
福岡県在住。エンジニアとして10年以上働いた後、重症筋無力症を発症。現在は、分身ロボットカフェとマイクロソフトで働いている。

ミチオさん
広島県在住。投資ファンドでの勤務を経て、家業の福祉事業で働いている際に身体表現性障害を発症。現在は、分身ロボットカフェと水中ドローンの会社で働いている。

OriHimeと出会うまでの私

――本日は座談会にお集まりいただきありがとうございます。せっかくの良い天気なので、葛西臨海公園で座談会を実施したいと思います。

サエさん:うわー! 目の前に海が広がってる! 太陽が綺麗!

ヨリさん:ほんとだ! 気持ちのいい景色ですね! 大学が東京だったので葛西臨海公園はよく知っています。

ミチオさん:広々して最高ですね!

サエさん:私たちベンチに座ってるー!

パイロットから見える取材中の景色

ヨリさん:サエさんが隣にいる!

――喜んでいただけてよかったです! まずは皆さんの自己紹介を兼ねて、OriHimeと出会うまでの歩みについてお聞きしたいと思います。

左から、サエさん、ヨリさん、ミチオさん

サエさん:私は今、埼玉県に住んでいます。大学卒業後に航空宇宙関係の半導体商社に就職したのですが、3年ほど勤めたときに身体表現性障害を発症しました。この病気は人によって症状が違うのですが、私の場合は吐き気やめまいが一日中止まらないという症状で、外出が困難に。発病後も病名がわからなくて、病院を転々としたり自宅療養をしたりして、引きこもりのような状態になりました。

――当時の気持ちを聞かせていただけますか?

サエさん:私は、新卒で入社した会社を退社してからは約10年ほど自宅療養を続けていました。そんなとき、同じ年代の人は順調にキャリアを積んでいるのに、私にはそれができないことにとても焦りを感じていました。在宅できる仕事を探したのですが、なかなか見つからず。仕事をしたいのにできない、そんな悔しさを常日頃から抱いていました。

――そこからどうやってOriHimeと出会ったのでしょうか?

サエさん:家族がTwitterで分身ロボットカフェの募集を見つけてきてくれたんです。外出できない人でも接客の仕事ができるということを知って、すぐに応募。面接で「私を実験台にしていいので、モデルケースとして使ってほしい」と伝えたところ、採用していただけました。3年前からパイロットとして働き始めました。

――長年の思いが叶ったのですね。次に、ヨリさんのお話を聞かせてください。

ヨリさん:私は鹿児島県出身で、今は福岡に住んでいます。病気の治療の関係で都内に行くこともあります。もともとはエンジニアとして10年以上、ハードに働いていたのですが、8年前に重症筋無力症という病気を発症しました。体に力が入らなくなり、歩くこともできなくなってしまったんです。

――当時の心境を教えてもらえますか?

ヨリさん:会社は辞めて、しばらくは病気のことばかり考えて過ごしていました。ただ、あるときふと思ったんです。このままいくと、もうすぐ定年してしまう……と。病気のことばかり考えて、何もできていないじゃないかと思いました。体が動かなくても何かできることはあるんじゃないかと思い、模索していました。

――先が見えない不安がありながらも、何か自分にできることを求めていたのですね。そこから働くに至った経緯を教えてもらえますか?

ヨリさん:診断が確定せず病状について調べているなかで、自分と似たような症状の人がOriHimeを使っている記事を見かけました。記事を読んで興味を持ったのですが、どうやって動かすのか、自分でも使えるんだろうか、いろいろ気になったので、吉藤オリィさんのSNSをフォローして投稿を読むようになりました。すると、あるとき分身ロボットカフェの募集が出たんです。「もしかしたら、自分も働けるんじゃないか」という気持ちが強くなり、思い切って応募したことがきっかけですね。

――働くことに対して不安はなかったですか?

ヨリさん:自分がどれだけ働けるのか、とても不安がありました。長い間1つのことができず疲れてしまうので、自信もなかったんです。でも、Webの記事やSNSでカフェの様子が出ているのを見て、「これだったらできる!」って思うようになりましたね。自分と同じ境遇の人たちが働いている姿を見ることで、自信が付きました。

――近しい境遇の人の体験談から、自分が働くことをイメージされたんですね。 最後に、ミチオさんのお話も聞かせてください。

ミチオさん:僕は今、出身地でもある広島県広島市に住んでいます。もとは投資ファンドでマーケティングの仕事をしていたのですが、実家が福祉事業を立ち上げることになって、手伝ってほしいと言われたので地元に帰郷。ところが、その福祉の仕事が思うようにいかず、精神的なストレスから心の病を発症してしまいました。

病名はサエさんと同じ身体表現性障害です。通勤が難しくなってしまったので、福祉の仕事は辞めて、自宅でできる仕事を探しました。なかなか良い仕事が見つからなかったのですが、そんなときテレビでOriHimeをたまたま見たことがきっかけでしたね。

サエさん:その後、Twitterで私にメッセージをくれたんですよね?

ミチオさん:そう。OriHimeを知った後に、Twitterでより深く調べていたところ、すでにパイロットとして働いていたサエさんのアカウントが目に留まったんです。僕と同じ病状だったサエさんが詳しく情報を発信をしていて、すぐにメッセージを送ったんです。

サエさん:まさか同僚として一緒にお仕事ができるとは思っていなかったです(笑)。

ミチオさん:サエさんはご自身の病名も公開されていました。同じ病気の方がOriHimeとして働いていることに驚いて、すぐにDMを送ったんです。長文にも関わらず、丁寧に返信をいただけました。この出来事がきっかけで、OriHimeパイロットに応募しました。

OriHimeと出会って私の人生は変わった

――みなさんは過去に様々な経験をしながら、今、OriHimeを通じて、つながっています。その“つながり”はどのようにして生まれているのでしょうか?

サエさん:初めて操作したとき、まるで自分自身が画面の向こう側の空間にいるような、瞬間移動したような気持ちになりましたね。もっとテレビ電話っぽい感じかと思っていたらぜんぜん違いました。

ヨリさん:そう! 私も“関係性の近さ”を感じました。オリィ研究所の方と自分自身の関係性がとても近い感じがしたんです。はじめましてなのに、人見知りもしなかった。たぶん、自分の顔が相手から見えていないのがいいんでしょうね。映り方を気にすることもないし、緊張しなくて済むのかもしれません。

ミチオさん:びっくりしましたよね。画面を通して見るという点ではウェブ会議システムと似ていますが、ウェブ会議システムはカメラが固定ですよね。ところが、OriHimeはカメラを好きな方向に動かして周りを見渡せるし、スワイプ操作でズームもできるんです。

――私たちが今取材をしていても、皆さんと顔を合わせながら話をしているようです。人との“関係性”がより近いものになったことで、生活にどんな変化がありましたか?

サエさん:分身ロボットカフェで働きながら、いろいろな仕事に挑戦できるようになりました。例えば、単発で書店員として働いたり、学生時代のバリスタの経験を活かしてコーヒーテイスティングをやったり。最近は、絵本の読み聞かせ、朗読会への出演もしました。

ヨリさん:私は、分身ロボットカフェで働いていたことをきっかけに、マイクロソフトでも仕事をするようになりました。

ミチオさん:僕は現在、水中ドローンの会社に在宅で勤務しています。平日はそちらの仕事をして、お昼休憩にOriHimeにログインして分身ロボットカフェで働きます。その後、午後から在宅勤務に戻って、就業後にまたOriHimeで働いています。

――働くことも大きな一歩ですが、さらに仕事の幅が広がっているんですね!

ミチオさん:むしろOriHimeで働くことが、いいリフレッシュになっているんですよ。パイロットとしてたくさんの人とコミュニケーションすると気持ちがすっきりするし、また明日もがんばろうという気になれるんです。

サエさん:私は、人前に出ることが増えましたね。それに伴い、人の縁も広がりました。OriHimeを通じてヨリさんやミチオさんのような方々とご縁ができ、皆さんが見せてくれる世界や価値観に触れられて、内面的にはすごく充実していると感じます。

ヨリさん:(首を縦に降って)うん、うん。

サエさん:過去にもSNSを通じていろいろな人とつながってきたし、助けられてもきました。でも、OriHimeを通したコミュニケーションはまったく違います。オンライン会議ツールと違って、その場に「いる」感覚になる。私と話してくれる皆さんも、そこに“私”という存在があるものとして接してくれます。話している方々と空間を共有できている感覚になってきますね。

ヨリさん:「人と一緒にいる、共有する」ことって大事なことですよね。私は仕事を辞めてしばらくは、車椅子で外出する姿を人に見られたくないと思っていたんです。それは、自分に自信がなかったからだと思います。OriHimeで仕事をするようになってから、世界とつながることができ、自分に自信がつきましたし、車椅子姿を見られても気にならなくなったんです。

ミチオさん:僕もパイロットになって、人と話すことが苦ではなくなりましたね。僕はもともと赤面症で人見知りで、コミュニケーションがうまくなかったんです。でも、身振りや手振りが可能なOriHimeを操作していると、非言語でのコミュニケーションについてすごく考えるんです。相手からどう見えるのか、どう見られたいのかという部分を、自分自身でコントロールできるんじゃないかって。結果、実生活でも余裕を持って話せるようになったと思います。

サエさん:OriHimeで仕事をするようになってから、会いたい人が増えたんです。先日も分身ロボットカフェで生身のミチオさんとお会いできたんですよ。そんなふうに、会いたい人に会えるならがんばってみようと思えるようになり、外出のリハビリにつながっています。

ヨリさん:今まで以上に人に会いたい、出かけたいって思うようになりますよね。私はキャンプに行くことが何よりの楽しみなんです。調子が良いときは実際に行きますが、体調の関係で難しいときはレンタルしているOriHimeを連れて行ってもらい、キャンプをしていますね。

それに、OriHimeは他の人のアカウントにログインすれば一瞬で旅先にも行ける。サエさんとは海外旅行に行ったりもしましたね。

サエさん、ヨリさんの海外旅行の様子

サエさん:行きましたね! エストニアとフィンランドに。

ヨリさん:瞬間移動できますからね(笑)。どんな遠くでも、OriHimeですぐに行けるんです。

ミチオさん:人に会ったり、出かけることで、新しい体験をすることもあります。以前、分身ロボットカフェで働いていた時のこと。カフェにいらっしゃった小さなお子さんが僕のOriHimeの絵を描いてくれたんですよ。なかなか人に絵を描いてもらうことはないので、とても嬉しかった。

ミチオさん:その後、絵がカフェに預けられているということで、どうしても実物を受け取りに行きたくなり実際に足を運びました。小さなお子さんが僕を描いてくれたこと。カフェまで行けたこと。そのすべてが忘れられない体験であり、一番うれしかったことですね。

ヨリさん:私は、お客さまにありがとうと言っていただけることがとても嬉しいですね。それは心が通じた瞬間であり、この仕事をやっていてよかったと心から思います。エンジニアとして働いていたときも、もちろん感謝されることもありました。でも、当時は働くことが当然で、働けることがこんなにもすばらしいことだなんてわかっていなかったんです。

パイロットから開発者へ伝えたいこと

――OriHimeを通じて、できないことができるようになっただけでなく、人との出会いや新しい発見があったのですね。皆さんから、開発者の吉藤オリィさんに伝えたいメッセージはありますか。

サエさん:感謝しかないです。オリィさんの開発されたOriHimeに私が助けられているように、私も多くの人にたくさんの選択肢を作るお手伝いをこれからもしていきたいと思います。

ヨリさん:本当にありがとうございますと言いたいですね。OriHimeを開発してくださって、私たちが働ける場を作るためにご尽力くださって、ありがとうございます。

ミチオさん:ありがとうございます以外にないですよね。OriHimeで得られたことがたくさんあります。距離も年齢も超えた友人がたくさんできて、働けることで自信も持てるようになりました。そのきっかけをくださったのはオリィさんです。……そうですね、もし1つお願いできるなら、ぜひ広島にも分身ロボットカフェをオープンしてほしいです(笑)。そのときは全力で協力させてください!

――皆さん、ありがとうございました!

3名のOriHimeパイロットによる座談会では、OriHimeと出会うまでの人生と、出会ってから変わったこと、OriHimeで働くことのやりがいなどについて話していただきました。
最後に、そんな3名の人生を変えたOriHimeの開発者「吉藤オリィ」さんに話を聞きました。

開発者の思いに迫る

吉藤オリィ
高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞。高専で人工知能を学んだ後、早稲田大学創造理工学部へ進学。自身の不登校の体験をもとに、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発。 開発したロボットを多くの人に使ってもらうべく、株式会社オリィ研究所を設立。ロボットコミュニケーター。

――吉藤オリィさん、本日はよろしくお願いします。実は3名のOriHimeパイロットによる座談会を開催し、OriHimeについて色々とお話を伺いました。皆さん、吉藤オリィさんにとても感謝されていました。広島にカフェを出してほしいという要望もいただきましたよ。

吉藤さん:ありがとうございます。地方でもいずれ出店したいですね。

――あらためてOriHimeについてお聞きします。分身ロボットカフェがオープンして約半年がたちましたが、何か変化や発見はありましたか?

吉藤さん:OriHimeは10年以上をかけて開発したロボットです。ただ、一気に理解が広がったのはこの3年だと感じています。最初はとにかく理解してもらうのが大変でした。人がロボットを動かすより、AIのほうがいいんじゃないかとか。

――AIとはまったくコンセプトの違う話なのに、ですか。

吉藤さん:そうした状況から、一気に理解が広がったのは、コロナ禍の影響もあると思います。コロナ禍で外出ができなくなり、多くの人が外に出られない辛さを感じました。いくらインターネットがあるといっても、人はやはりリアルで人と会いたいものなんです。ですが、コロナ禍が収束しても外出できない人もいるわけです。そうした人たちの気持ちを、多くの人がコロナ禍で理解したのだと思います。

――OriHimeの開発から世の中へ広めていく過程で意識していたことはありますか?

吉藤さん:「余地をつくる」ことですね。そのツールを使って何ができるかというよりも、そのツールを使いながら「どうユーザーの個性を出していけるか」ということが大事だと思っています。たとえばOriHimeの外装は真っ白で、物足りないと感じる人がいるかもしれません。しかし、中には「物足りないから服を着せよう」と考えて、服を作る人が出てくるかもしれませんよね。そんなふうに一緒に工夫できる余地を残すことを心がけました。

――開発者がすべてを作り込んでしまうのではない、と。

吉藤さん:そうですね。分身ロボットカフェもそうです。以前は床にテープを貼ってライントレースという方法で操作していましたが、ラインの上しか走れないんじゃパイロットも嫌ですよね。だから、あえて不便なマニュアルモードも搭載しているんです。そうすると、働いているスタッフ同士が立ち止まってお互いに道を空けて挨拶するとか、そういう余地が生まれるんです。

――吉藤さんがOriHimeで成し遂げたいことはなんですか?

吉藤さん:「孤独の解消」です。そのための選択肢の1つとして、OriHimeを開発しました。パイロットにはOriHimeを使って、社会とつながることを感じてもらっています。OriHimeが働ける場所も増えてきましたが、今後はさらに広げていきたいですね。

まとめ

身体や精神が原因で外出できなくなってしまった人々は、社会とのつながりが希薄になり、やがて孤独に陥ってしまいがちです。そうした孤独を解消し、再び社会とのつながりを作ることが、OriHimeに託された想いなのです。

今後もOriHimeとOriHimeパイロットはその活躍の場を広げていくことでしょう。

写真 長野竜成
取材・文 山田井 ユウキ

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