ChromeがWebブラウザのユーザー体験を変えた IEを経たブラウザシェア変化の要因は?

PCやスマートフォンをWebサーバーに接続し、取得したコンテンツを描画するソフトウェアであるWebブラウザ。現在、デスクトップPCにおいてはグーグルが提供しているWebブラウザのChrome、マイクロソフトのEdgeが安定して大きなシェアを占めています。

しかしその昔、「ブラウザ戦争」と呼ばれる、多種多様なブラウザがシェアを争った時期がありました。古くはMosaicやNetscape Navigator、そしてInternet ExplorerやFirefox、Opera、Safariといったブラウザが様々な経緯で開発され、ユーザー拡大のためにしのぎを削っていたのです。

一体なぜ様々なブラウザが開発され、熾烈な覇権争いを繰り広げるようになったのか。それぞれのブラウザにはどのような関係があるのか。そして今後のWebはどうなっていくのか。このシェア争いと発展の歴史を、ベテランのITジャーナリストである林信行さんに聞いてみました。


林 信行(はやし・のぶゆき)さん
テクノロジー、デザイン、現代アートの話題を横断的に取材するジャーナリスト・コンサルタント。テクノロジーに関しては1980年代からその動向に注目し始め、1990年から取材活動を始め、アップル、IBM、マイクロソフト、グーグルなどの経営層やコンピューター業界を形作ってきた学者・研究者などをインタビューしてきた。。『スティーブ・ジョブズは何を遺したのか』(日経BP)、『スティーブ・ジョブズ 偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡』(アスキー)など著書多数。

Chromeは、グーグル提供のサービスに特化したブラウザだった

──現在のデスクトップPCにおけるWebブラウザのシェアは、グーグル社のChromeが全世界でおよそ半分を占めていることが発表されています。一体なぜ、Chromeはここまで強くなったんでしょうか?

林さん:そもそも、IT業界は「強いものが"強い"ゆえにより強くなる」という状況が起こりやすいんです。マイクロソフトのWindowsにしても、使っている人が多いから開発者やメーカーが流れ込み、より強くなる。Webブラウザについても、同じようなことが起きた結果だと思います。

──では、やっぱり「最大手のIT企業が開発したWebブラウザだから」というのが大きかったのでしょうか?

林さん:それもありますが、最初にChromeがシェアを伸ばした理由は「圧倒的にスピードが速くて快適」だったからです。Windows上でも、Chrome発表当時からInternet Explorer(以降、IE)よりもずっと安定していてスピードも出ましたから。

さらに、Chromeが出てきたときはちょうどスマートフォンの普及とタイミングが同じだったんです。皆がAndroidのスマホを使いだしたから、その標準ブラウザであるChromeのシェアが伸びた。マイクロソフトのEdgeの利用者が多いという統計結果は、調査対象をパソコンだけに絞った場合の調査結果。でも、今ではみんなパソコンよりもスマホでWebブラウザを使う時間の方が長いでしょう。

だからスマホも含めた全体で見ると、一番使われているWebブラウザはChrome。その次がiPhoneに採用されているSafariなんです。ただ、日本ではiPhoneユーザーの方が多いですが、世界的にはAndroid端末の方が数は多いし、Safariは現在、Windowsには提供されていない。そんなこともあってChromeのシェアが圧倒的なんです。

──そもそも安定していた上に、ハードウェア環境の変化にもうまく乗ったわけですね。

林さんChromeの大きな特徴は、Google アカウントでログインした時のユーザー体験を特に重視しているブラウザだということです。スマホのChromeで開いたWebページを、PCの方でも同じように見れるし、スマホアプリで受け取ったメールをPCからそのまま開ける。

今では当たり前ですが、そういう環境が整ったことで、ユーザーがGoogleアカウントを作ってサービスを使うようになった。それもあって、PCでもChromeのシェアが伸びたという点もあります。

──ユーザーが使っているデバイスが変わっても、ブラウザとサービスが連動しているから不便を感じない、ということですね。

林さん:今は、PC作業に必要なアプリは、一通りグーグル社から提供されていますからね。それらアプリを快適に使うためには、Chromeを使うのが一番いい、という状況になっています。

▲もはや提供されていないものを探すほうが難しいほど、多岐にわたるグーグル社提供のサービス(画像は同社Webサイトより)

林さん:Googleドキュメントにしても、Chromeで使うとネットが繋がっていなくても作業できる。オフラインで作業して、オンラインになったところで内容が同期されるんです。そういったグーグル社のサービスとの連携による体験は、Chromeならではかな、と

──なるほど、「各種アプリを使いたい場合はセットになっているChromeを使った方がいい」状況を作って、ユーザーの囲い込みに成功した……といったところでしょうか。

有名ブラウザは、レンダリングエンジンで二分される

──では、Chromeが現在の状況を築き上げるまでの間には、一体どのようなことがあったんでしょうか。

林さん:「同一ウィンドウ内に画像とテキストを混在して表示できる」機能を持った現在のWebブラウザの元祖が、1993年に発表されたNCSAのMosaic(モザイク)です。そのMosaicの開発者が関わったNetscape Navigatorもありましたが、それらと争い、最終的に大きなシェアを獲得したのがマイクロソフト社のInternet Explorerでした。

スマートフォンがない時代は、PCこそがデジタルの革命の象徴でした。それを制御するOSとしてはやっぱりWindowsが一強だったんで、OSの標準ブラウザだったIEがWebブラウザの代表格になったわけです。俗に、この過程を「第一次ブラウザ戦争」と呼ぶこともありますね。

──確かに、「ブラウザといえばIE」という時期もありました。

林さん:OSはウィンドウズが一強で、アプリによる囲い込みも行われていたんですが、ブラウザはそこから離れた新しい市場になったんですよ。

90年代半ばからやや後半にかけては「OSでマイクロソフト社のシェアを奪うのは無理だけど、ブラウザで世界を取れば、新しいインターネット時代の天下が取れるんじゃないか?」という機運がありました。それが、Webブラウザが他メーカーからも生まれるきっかけになったんだと思います。

──なるほど、これが『次の戦争』の新たな火種になったんですね……!

林さん:その後、IEに独自機能をつけて客引きをしようとしたマイクロソフト社はActiveX(アクティブエックス)コントローラーというシステムを開発しました。

これによってHTMLといえばせいぜい文字と画像とちょっとした動画くらいしか扱えなかったのが、IE上で動画を再生したり、ゲームを操作できるようにしたりして、ある意味でOSのようなことをできるようにしたんです。

──これまで「テキストと簡単な画像」しか表示できなかったブラウザが、ここで一気に多機能化したんですね。

林さん:多機能化するまでは良かったのですが、今度はこのActiveXコントローラーをハックして、パスワードを打ち込むところを盗み出すようなハッカーが出てきました。さらに政府機関が個人のPCを覗きたい時に、特殊なパスワードを入れると中身を覗けるというバックドア的な機能があることもバレて……

──できることを増やしすぎた結果、「IE、本当に大丈夫なのか?」と、プライバシーに関する信頼性に問題が出てきちゃったわけですね。これが、他のブラウザが頭角を表すきっかけになったと。

林さん:そこで出てきたのが、オープンソースで開発されたモジラ(Mozilla)社のFirefoxです。IEはただでさえすぐクラッシュするのに、加えてプライバシーにも問題がある。でもFirefoxはオープンソースなので中がどんなつくりになっているかが公開されているという特徴があり、バックドアの有無もすぐ確認できました。

▲モジラ社Firefox公式Webページより。トップには、「広告業者用のバックドア」に関する言及も

林さん:さらにオープンソース化したことで開発や更新の頻度が速くなり、結びつきの強いユーザー同士のコミュニティもできました。実際、エンジニアっぽい人はFirefoxを使っていることが多かったように思います。

──IEの対抗馬が出てきたということですか。

林さん:もうひとつ、この時期に登場したWebブラウザがアップル社のSafariです。アップル社は「自分たちに必要なものはハードもソフトも全部自分たちで作る」という企業で、SafariもAppleによって開発されたWebブラウザですね。

実は、以前はMacの標準ブラウザにIEが採用されていた時期もあったんですよ。しかし、IEは信頼性に問題があるだけでなく、アップル社のハードウエアとの相性が悪く、IEを使っていると機器本体のバッテリーがものすごい早さで減っていく。

そこで、二社間の契約(※)が切れた時に、アップル社製品にあわせてSafariを作ったんですね。こちらの登場が2003年。

※ 1997年、マイクロソフト社がアップル社へ1億5千万ドルを投資し、倒産寸前の同社を救った。同時に結んだ契約では、「マイクロソフト社は、OfficeやIE等の主要な製品をアップル社のプラットフォームに提供する」「アップル社は、IEを同社OSの標準ブラウザとする」ことが定められている

──なるほど。Safariは「アップル社による、アップル社製品のためのブラウザ」だったんですね。

林さん:その後、アップル社もSafariのレンダリングエンジン(※)をWebKit(ウェブキット)という名前でオープンソース化しました。当時IEに対応したWebページが多かったんで、WebKitに対応したページを増やしたいという思惑もあってのオープンソース化だったんですが、そこでWebKitに注目したのがグーグル社なんです

※ HTMLを読み取り、Webページの形に変換するソフトウエアのことで、Webブラウザにとっては基幹のシステムにあたる

──お、いよいよ本命が出てきました。

林さん2008年に登場したChromeは、このWebKitを使って作られたブラウザなんです。これによってセキュリティも安定性も高くなりました。ただ、2013年からはレンダリングエンジンをBlink(ブリンク)に変更しています。これはグーグルがChromeに合わせて作り直したレンダリングエンジンで、WebKitから枝分かれしたものです。

▲グーグル社は、BlinkをレンダリングエンジンとしたオープンソースのWebブラウザ向けコードベース「Chromium(クロミウム)」を無償提供している。現在のマイクロソフト社のデフォルトブラウザとなったEdgeもこれを利用して作られており、Chromeと進化の根っこは同じ、ということになる(画像はChromium公式Webサイトより)

──中身がブラックボックス化されているInternet Explorerに対して、オープンソースのブラウザとしてFirefoxやSafariが生まれた。そして、そこからさらにChromeが生まれたということですね。で、順次現れたこれらのブラウザによってIE一強が崩れてシェアが変動したのが第二次ブラウザ戦争と。

林さん:そういうことですね。Chromeの登場以降は最初に話した通りなんですが、このシェア争いの結果、昔に比べてWebページの互換性が高くなったという働きもありました。マイクロソフトがIEにあまりにも独自の機能を載せすぎたことで、一時期はIE以外では表示できないページが増えていたんです。

ところが、今シェアを握っているChromeはもともとがWebKitベースで、これはSafariはもちろん、今はEdgeでもOperaでも使われています(※)。Firefoxのような出自のブラウザ以外の大手Webブラウザは、根っこが同じものがほとんどなんですよ。だから、どのWebブラウザでもある程度は同じように表示できるようになっていますね。

※ WebKitはSafariやPlayStation 4等をはじめとしたゲーム機向けブラウザで、WebKitから発生したBlinkはChrome、Opera、Microsoft Edge等のChromiumベースのブラウザで利用されている

「ブラウザで全ての作業を行う」理想を実現したグーグル

──Chromeが登場した後、2010年代ごろ以降のブラウザはどのように発展していったのでしょうか?

林さん:2010年代に多くのIT企業が夢見ていたのが、いわゆるシンクライアント的な考えです。PCに大きくて重いOSを入れるのではなく、アプリケーション実行やデータ保持はネット経由でサーバーを任せるWebブラウザをOSのように使う、という発想ですね。

もっと具体的にいうと、PCを起動するとブラウザが表示されて、その上でワープロも表計算も使えるっていう形を実現しようとしていたんです。そうすれば、実際に操作する端末はハードディスクも付けなくていいし、CPUも弱くていい。バッテリーだけが長持ちすればいい、という状況になりますよね。

──手元の端末の負担をできるだけ軽くして、作業は全部、ブラウザを経由してWeb上でやってしまうわけですね。でも、それって……。

林さん:ええ、今のChromeはこれをある程度実現しています。Googleドキュメントで文章を書いてWeb上に保存できるし、そのほかの作業もグーグル社が提供しているツールを使ってWeb上でできる。Chromeを使えば、それらをより快適に使うことができるわけです。

かつてはIEもこれを目指していました。だからこそActiveXみたいなものを組み込んでいたのですが、90年代だと技術的な限界があったんですよね。それがいま、Chromeによってほぼ実現してしまっている。

▲ブラウザを経由してGoogleアカウントに紐づくサービスを使用することを前提に開発された端末、という点では、現在のChromebookがその理想に近いのかも(画像はChromebook公式Webサイトより)

──確かに、これは大きな変化ですね。

林さん:Chromeが現在トップのシェアを獲得したのは、こういった「OSではない新しいプラットフォームとして、ユーザーがWebブラウザを使用する」という試みに成功したからかもしれません。

──それでは、グーグル社のサービスを使用することが多い人はChromeを使っていれば良くて、他のブラウザをわざわざ使う理由はない、ということになってしまうのでしょうか?

林さん:いえいえ、そんな状況だからこそ「朝から晩までサービスを使いっぱなしで、自分の行動がグーグル社に筒抜けというのはちょっと怖い」という人もいるはずです。そんな方にとっては、Firefoxのような、オープンソース型のWebブラウザが今でも提供されているのは安心材料になると思います

一位ではないけど、常に一位の動向を監視して問題を指摘しつつ、ブラウザにおける危険性とは何かをディスカッションしながら健全化を狙う……みたいな立ち位置になっています。アメリカの大企業が支配しているWebブラウザの世界に対する、カウンターのような立ち位置ですね。

ブラウザの利用時間は頭打ち。Webの行末は

──ChromeはAndroidの普及をきっかけにシェアを伸ばしましたが、現在スマホを使っていると、Webに接続するのはほとんどがアプリ経由ですよね。もしかすると、スマホでブラウザを意識することはこれからどんどん減っていくのかもしれません。

林さん:生前、スティーブ・ジョブスは「iPhoneが出て以降、Googleの検索件数は減ったはずだ」と話していました。

スマートフォン用アプリって、起動してみると実はアプリ画面上でWebページの情報を表示しているということも結構多いんです。昔はなんでもかんでもとりあえず検索サービスで探していたけれど、今では飲食店を探したい時には飲食店情報のアプリ、訪問先の住所を知りたいときは地図アプリと、検索サービスではなく、より求めている情報に最適化されたアプリを使ってしまうことが多い。

統計にもそれは出ていて、実際にWebブラウザ自体の使用時間は減っているんです。スマートフォンの利用が増えたことで、「アプリを通してWebを使うことが増える」ということを、ジョブスは察知していたんですね

──Webブラウザ自体の利用時間はもう頭打ちということですか……。その状態で、Webブラウザはどうあるべきでしょう?

林さん:これは大前提ですが、まずは、ページを作った人の意思通りに確実に表示できるようになってほしいとは思います。それはWebの一番ベーシックなところだし、そんなの当たり前だろうと思っているようなことでも、いまだにたまに引っかかる。それができるのであれば、どこのWebブラウザだろうが構わない……というのが正直なところですね。

あとは、あまりにもWebと広告が隣接しすぎて、金儲けを優先しすぎているようにも思います。

──確かに、最近はWebと広告は切っても切れないものになっていますね。

林さん:広告を優先するがあまり読みにくいサイトが増えているし、変なアフィリエイトサイトみたいなものも多すぎますよね。

2001年にGoogleの共同創業者であるラリー・ペイジが来日した時にインタビューしたんですが、その時点ではまだGoogleは広告サービスを始めておらず、収益も投資家やパートナー企業からもらえるお金以外に収益モデルがない状態で、ペイジは「広告は(収益源としての)ひとつの可能性だけど、それだけにはしたくない」と発言していたんですよ。

──当初は、Googleですら広告を重視するつもりはなかったんですね……。

林さん:でも、そこからわずか数年でGoogleの社員の半分以上が広告部隊になり、他の会社も全部広告重視になった。今や、一度ページをクリックしたら広告の嵐をかいくぐらないとコンテンツを見られない。これはやっぱりしんどいですよ

──そんなインターネットに対して、これからブラウザの方からもなにかしらのアプローチが欲しいところですね。

林さん:今の若い人って物心ついた時から広告まみれのWebブラウジングの経験しかなくて、なんでも無料で見られる代償として広告がついてくるのが当たり前というインターネットしか知らないわけです。でも、Webにはそうじゃない可能性もあった

そもそもインターネットとは、知の共有を目指して生み出されたものです。教育者が世界中に自分の知見を広めることができるようなツール、というのが当初のアイデアだったんです。難しいとは思うんですが、広告まみれのWebではない、知的でオルタナティブな選択肢がほしいと思っています。

文=しげる/図版=藤田倫央/編集=伊藤 駿(ノオト

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