噛みしめた瞬間、表面がほどよく焦げた食パンの香ばしい香りが鼻を抜ける。
中はモチモチしており、頬張るごとに小麦の持つ自然な甘みが口いっぱいに広がる。
「ああ、美味しい……」
思わず唸ってしまうほどの、上質な味わいのトースト。それを実現してくれるのが、バルミューダ株式会社が販売する高級トースター「BALMUDA The Toaster(バルミューダ ザ・トースター)」です。2015年に販売開始して以来、食のプロフェッショナルからも高い評価を獲得。同社の大ヒット製品となりました。
トースターの開発に携わったのは、同社のデザイナーである松藤恭平さん。ヒットの背景には、「美味しいトーストとは何か?」を徹底的に追求してきた松藤さんの並々ならぬ努力が隠されていました。
インタビュー……の前に、まずは噂のトースターでパンを焼いてもらった
―今日はよろしくお願いします。ではさっそく、お話を聞いていきたいのですが。
松藤:まあまあその前に、今日はせっかく来ていただいたので、まずはBALMUDA The Toasterで焼いたトーストを食べてみませんか?
―い、いいんですか?ありがとうございます!ぜひお願いします。
松藤:では、最近社内でも人気のある、チーズトーストを作ってみましょう。
松藤:まずは、パンにチーズを乗せます。
松藤:続いて、付属の小さなカップを使い、小さじ1杯分の水を入れます。
―水を入れるんですか!他のトースターでは見たことのない機能ですね。
松藤:こうすることによって、加熱を始めるとスチームが発生し、パンの表面が薄い水分の膜で覆われます。水分は気体よりもはるかに速く加熱されるため、パンの表面だけが軽く焼け、パンの中に水分が閉じこめられるんです。そうすることによって、「外はパリッと、中はしっとりフワフワ」の仕上がりを実現します。
それでは、加熱していきましょう。
松藤:焼き始めて間もなくすると、先ほど説明したスチームが発生して窓が曇ってきます。そしてその後、加熱温度が上がり、チーズが踊るように膨張しながら溶けていきます。
―これは……!見ているだけでお腹が空いてきました。
松藤:お待たせしました。完成です!
―おお!こんなに綺麗に焼き色がついているチーズトーストは、初めてです。
松藤:さあ、ぜひ食べてみてください。
―他のトースターで焼くチーズトーストよりも、チーズの味がしっかりしますね。食感も良くて、風味も豊かです。
松藤:スチームの力によって、チーズの水分と風味をたっぷり残しているからです。また、細かい温度制御によって、適度な焦げ目をつけています。見た目の美しさと味の両方を兼ね備えた、究極のチーズトーストだと自負しています。
バーベキュー大会で食べた炭火焼きパン。あの美味しさを再現したくて、開発が始まった
―どうも、ごちそうさまでした!では、インタビューに移りましょうか。そもそも、なぜこのトースターを開発するに至ったのでしょうか?
松藤:きっかけは、会社のイベントとして開催したバーベキュー大会です。たまたまパンを持ってきた社員がいたので、試しに炭火で焼いてみたら、とても美味しくて。「もし、こんなに美味しいパンが焼けるトースターがあったら、みんな喜ぶんじゃないか」と話が盛り上がりました。
私は当時入社したばかりで他の人たちよりも業務量が少なかったため、「開発を担当してほしい」と社長からお願いされて。本業であるデザイナーの仕事と並行しながら、美味しいトーストを実現するための研究をスタートしました。
―具体的には、どんな研究を?
松藤:バーベキュー大会と同じ状況を再現するため、炭火でパンを焼くことから始めました。でも、なかなか上手くいかなくて。どうしてだろうと頭を悩ませていたときに、その日は強い雨が降っていたことを思い出したんです。そこで、美味しさの秘密は炭火ではなく湿気にあったと気づきました。その気づきが、少量の水を入れるトースターの仕様につながっています。
5000枚以上の食パンを試食し、導き出したベストの焼き方
―おそらく、焼き方もかなり研究されたと思うのですが。
松藤:そうですね。よかったら、これを見てみますか?
―細かい字で、びっしりと何か書いてありますね。
松藤:温度変化や水分の与え方などのパターンを変更してパンを焼き、焼き上がり前と後の重量変化、焼き色、食感、風味の評価などを1枚1枚記録しているんです。とにかく様々な組み合わせを試したので、トータルで5000枚以上は食べました(笑)。
―5000枚以上……。途方もない数ですね。
松藤:開発が一番忙しかった時期には、毎日食パンを10斤近く買って出社していたこともあります。本当に大変でしたよ(笑)。
―その努力、恐れ入ります。研究によって、何を発見しましたか?
松藤:まず、1000枚くらい研究した段階で、美味しさをコントロールするために大事な温度帯を3つ見つけました。このグラフに書かれている、60℃、160℃、220℃という温度帯です。
松藤:まず60℃前後で、パンがふっくらする化学変化が起きます。加熱をして160℃くらいになると、今度は小麦粉がきつね色に化学変化し、パン独特の香ばしい香りが作られます。ここの時間を長くすれば、パンが硬くなりにくくなることも分かりました。220℃前後からは、焦げ色が付き始めます。
この温度を上手にコントロールすることで、厚みや水分量が違うパンでも、同じように美味しく焼き上がるようになりました。
―これだけの情報が揃っていれば、もう完成のようにも見えます。その後の4000枚では、どんな研究を?
松藤:実は、これだけでは不十分なんです。研究を続けていくうちに、使用する電圧、トースター内の余熱の有無、食パンを入れる枚数などによっても、焼き方を調整する必要があることがわかってきました。それらのパターンを変えて、さらに追加で4000枚以上をテスト。そのときの記録がこちらです。
―おおお、気が遠くなりそうです……。
松藤:こうした地道な研究があったからこそ、どんな食パンの種類でも、どんな条件で使用しても美味しく焼きあがるトースターが実現できたんです。
良い製品ではなく、良い体験を提供する
―こうして完成したトースターは、これまでになかった革新的な美味しさを実現し、大きな反響を集めました。なぜ、これほど素晴らしい製品を作ることができたと思いますか?
松藤:今回のトースターに限らず言えることですが、私たちは、お客様に「製品ではなく体験を提供する」ということを常に考えています。
製品を開発するときって、多くの企業は「世の中で1番のトースターを作ろう!」と製品そのものをベースにした発想から企画が始まると思うんです。ですが、弊社は「お客様にどんな体験を提供したいか」という発想から企画が始まります。今回のトースターも、バーベキューで偶然食べたパンがあまりにも美味かったからこそ「こんな美味しいパンを、お客様にも食べてもらいたい」という想いからスタートしました。
トースターのデザインにも、実はその理念が表れています。洗練された美しさが出るように、余計なボタンは一切付けていません。これも、「お客様はたくさん機能がついたトースターではなく、美味しいパンが食べられるトースターを欲しがっている」という考えに基づいているからです。
先ほども話したように、高度な温度調節など本当はとても複雑な仕組みを持っているのですが、お客様にはそれがわからないくらいにシンプルなデザインにしています。良い製品であることをアピールするよりも、お客様により良い体験を提供することがもっと大切なんです。
―製品から、バルミューダの持つ理念が伝わってきます。これからも、どのような製品が生まれるのか楽しみです。
松藤:どうもありがとうございます。実は、来年には炊飯器を発売予定です。これも、みなさんに驚いてもらえるような革新的なものになっているので、ぜひ楽しみにしていてください。
製品開発の根底にあるのは、徹底したユーザーファーストの理念
「食パンをたくさん食べるの、本当に大変だったんですよ」と苦笑しながらも、どこか満足げな表情だった松藤さん。それはきっと、彼自身の努力によって「お客様に良い体験を提供できた」という達成感があったからでしょう。
バルミューダの製品開発の根底に流れている、徹底したユーザーファーストの理念。この意識があるからこそ、同社の製品は私たちに“感動”を提供してくれるのです。
取材協力:バルミューダ株式会社