暇だからリアル「下町ロケット」を見に行った

 

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下町ロケット

池井戸潤の小説。宇宙科学開発機構の研究員だった佃航平が、死んだ父の経営していた中小企業「佃製作所」の社長となり、社員たちと共に奮闘する姿を描く。阿部寛主演でドラマ化もされ、最終回では、22.3%をマークする大ヒットとなった。

はいはい、また相対的弱者がさまざまな困難を乗り越えながら、何だかんだで悪を屈服させる日本人が大好きなタイプのお話ね……と冷ややかに思っていたのだが、細かいキャラ設定や巧妙な伏線、一気に展開される痛快なラストに読後2時間、「池井戸潤すげえええ」としか言えなくなった。

しかし、本当にこんな「熱血」で「情に厚い」社長なんて存在するのだろうか。

わたしが就活生だった時、面接に行った小さい建設会社の社長は、「マカオやラスベガスによくギャンブルをしに行っている」と自慢を始めたり、「学生の言うことなんか馬鹿げている」とばかりにこっちの意見を全否定したり、あまつさえ女になんかハナっから期待してないという態度だったりととんでもない人だった。

下町ロケットの主人公・佃航平のような鏡のような社長がいるならぜひ見てみたいものだ……。

というわけで今回は実際に中小企業に訪れてみた。

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今回お邪魔したのは、板橋区にあるダイワハイテックス。都営地下鉄三田線・志村三丁目駅が最寄りの総勢50名ほどの中小企業だ。年末の超忙しい時期にも関わらず快く取材を受け入れてくれた。

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同社は、本屋やコンビニでの立ち読みで起こる汚れを防止するフィルムを書籍に巻きつける「コミックシュリンカ―」という機械や、透明ブックカバーなどを取り扱う包装機器メーカーで、コミックシュリンカ―に至ってはなんと業界シェア率90%を誇っている。その独自性は自治体からも認められ、テレビやラジオ、雑誌などさまざまなメディアにも取り上げられており、中小企業ながらも小型エンジン「ステラ」の特許を持っているなど下町ロケットの佃製作所と似ているところがあると感じた。

 

■中小企業の朝は早い(「社長出勤」よいずこ)

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8時20分から取材開始。何でも始業前に掃除と朝礼をやるらしい。遅刻するのが怖く、眠らずそのまま来てしまったため、意識がもうろうとしているのか摩擦によりスカートがめくれ上がっていることにすら全然気づけていない。

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数名の社員による掃除が始まると、ほかの社員たちもぞろぞろと集まり8時40分頃にはほぼ全員出社完了していた。そこには社長の姿も。「社長出勤」という言葉もあるくらい一番偉い人は、昼からのっそり現れるというイメージがあったのに……。

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大阪支社とテレビ電話を繋いでの朝礼が始まった。「下町ロケット」は立川談春演じる「殿村」や中本賢演じる「津野」など泥くさいおっさんが目立つが、ダイワハイテックスの社員はみんな若く爽やかだ。機械を扱うメーカーのわりに女性も多い。

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前日の売り上げやこの日やる業務の報告のあと、「社員による1分間スピーチ」が始まった。本日は男性社員がマーケティングの本についての感想およびそこから学んだことを4分くらいで発表していた。

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問題なく溶け込むわたし。

 

■社長、朝から大忙し

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9時過ぎ、やっと仕事が始まる時間だ。各部署ごとに打ち合わせが行われていた。これから終業時まで、社長は社長室で時々書類にハンコを押して、ぼんやり過ごすのかなぁ……。

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社長、ほかの誰よりも社内を動き回っている。

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紹介が遅れたが、こちらが(写真左)代表取締役・大石孝一社長だ。「社長室」という隔離された部屋はなく、社員と同じスペースの一角に社長のデスクがあり、文字通り社員との間の壁もないようだ。

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この日、ダイワハイテックスの製品が朝日新聞に掲載されたらしくその記事を見つめる社長。

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「ほら、ここに名前が載っているよ」と見せてくれた社長の顔がとてもうれしそうだった。

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朝早く来訪されていたお客様をお見送り。

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全員が立ち上がって「ありがとうございました」とお辞儀する姿は壮観である。お客様もさぞうれしいことだろう。

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そうこうするうちに、銀行員の女性がやって来て何やら受け渡しをしている。

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袋の中身は大量のお札であった。この日はボーナス支給日。なんと社員ひとりひとりにボーナスを手渡しするのだという。真剣にお札の枚数をかぞえる社長。うかつに話しかけてはいけない雰囲気がある。……と思っていたら「こういう仕事を始めるようになったきっかけは何なの?」と話しかけてくれた。

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金額を間違えたら最初から全部やり直さないといけないらしく、ものすごく慎重に作業しているが、とんでもなく時間がかかっていたため、ほかの社員から「もう私がやります」と言われていた(手伝えるものならわたしが手伝いたかったが、さすがに部外者がお金を扱うのは無理だ……)。

じゃあ、社内を案内してあげよう」と社長。

 

■社員への気遣い、家族への気遣い

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女性社員にはうれしい、お化粧するための大きな鏡とイスのある更衣室。

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取引先との商談や社員との面談、宴会などにも使う和室。

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これが先ほど述べたコミックシュリンカーだ。故障したものやメンテナンスが必要なモノが全国各地からここに集められ、修理されてまた戻っていく。北海道や沖縄からも届いていた。なんせ業界シェア率90%だ。

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同社は4階建てで、最上階は和室や大会議室、更衣室。3階はデスクのあるオフィスフロアで2階は工場、1階が倉庫となっている。

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特別にコミックをラッピングするところを見せてもらった。

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本を数冊セットして青いボタンを押すと……、

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「ガコンガコン」という音と共にキレイにフィルムで包まれて出てきた。「欲しい!」と思ったが168万円(オプションによっては268万円)するらしい。それにしてもこのマンガの内容がとても気になる……。

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フィルムは本のサイズに合わせて数種類ある。

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通販で本を買った時の梱包材「バブルシート」の機械もあった。

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一階に併設されていたパン屋さん。人気メニューは「アボガドシュリンプ」だという。

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パン屋さんのイートインスペース。コーヒーをご馳走になった。

社長「パン屋って仕込みに時間がかかるから、朝は始発で職場へ行かなきゃならないし、夜は終電で帰ってくる。そんな従業員の姿を見ていてかわいそうになってね。それでうちのビルに移ってもらったんだ。このあたりは飲食店がそんなに多くないし、結構『おいしい』って評判もあるし、繁盛しているみたいだよ」

 

■お昼ごはんどころじゃない

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やっと社長とゆっくり話せる! と思ったところで11時からの役員会議が始まってしまった。なので、デスクにいた社員さんたちにお話を聞いてみる。

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とってもかわいらしい小林さん。今年で6年目だそうだ。面接していく中で「この人たちと働いてみたい」と感じたことが入社のキッカケだという。

小林さん「最初は『何か本に関わる仕事ができれば……』という思いで受けてみたのですが、社員さんの雰囲気が良いなと思って。社長も社員ひとりひとりをすごくよく見てくれているし、勉強会や飲み会を定期的に開いて社員の意見を聞いてくれます」

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今年入社した北野さん。会社にはお弁当を持ってきているそう。

北野さん「社長は気さくに接してくれますね。社員をすごく気遣ってくれているという感じがします。ボーナスを手渡しでくれるのもそうだし、例えば近距離手当(徒歩・自転車=1万円/月、交通費1万円以内=5千円/月)や、禁煙手当(煙草を吸わない人に毎月3,000円)なんかの福利厚生も手厚いし。仕事は、楽しいですよ。手広くいろいろやらせてもらえるのは、中小企業だからでしょうね」

2時間ぶっ通しで行われていた役員会議がやっと終わり、社長にランチに連れて行ってもらえることになった。

 

■学生時代から「経営者」だった

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社長は大体会社近くのレストランでランチをとるらしい。

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ヘルシーなおじやの定食を頼んだ社長。

「社長はどんな学生時代を送っていたんですか?」

社長「デパートの精肉売り場でアルバイトしてたんだけど、ただ淡々と売るんじゃなくてお客さんに肉をおいしく食べるコツを教えたりしているうちに、僕が入る日だけ売り上げが跳ね上がってね。漬物を売ってた時も仕入れから何から全部自分で決めていた。働くのが好きだったんだね。『あれだけバイトに打ち込んでたくせによく4年で大学を卒業できたな』と友人に驚かれるくらい」

「根っからの商売気質なんですね……。もしかして家系ですか? お父さんも経営者だったとか?」

社長「いや、父は双眼鏡やカメラをつくる会社のいち社員だった。もしかしたら母に似たのかもしれない。彼女の夢は『店を持つこと』でね。父に反対されても『やってみないと分からない』といって海苔とお茶の店を始めたんだ。商才のない父の予想に反してその店は繁盛していたよ」

 

■佃航平は社長として不適格!?

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朝、一生懸命封筒に入れていたボーナスを渡す瞬間をやっと見ることができた。まとまった現金を手渡しされる機会なんかほとんどないからか社員さんはみんなとてもうれしそう。わたしもそんな厚みのある封筒もらってみたい。

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封筒と引き換えに社員が渡している書類は何だろう。

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ビジネス書の感想文だった。全員に同じ本の感想を書かせることで「同じ本でも社員によってこんなに考え方が違うのか」と感じられるところがおもしろいそうだ。こうした良い取り組みは、ほかの会社から盗むのだという。

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ようやく社長の一日の業務がひと段落したので、本題に入ることにした。

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「下町ロケットが今ドラマで大人気のようですが、読みましたか? 社長のデスクに原作が置いてありましたが」

社長「ああ、あれは社内の誰かが買ってたようで、そこにあったから読んでみたんだけど……。どうかと思うよ、社長として

「えっ」

社長「だってそうでしょう。小説なのは重々分かるけど、都合よく優秀な弁護士が現れたり、財前のような理解者が登場して窮地を救ってくれるけど、現実ではそうはいかない。社長っていうのはね、『従業員の生活を守る人』なんだよ。『納税』それから『雇用』。それが会社のトップに立つ者の義務だ。リスクを冒してまで自分の夢を叶えようとするのは、良い社長とは呼べない

「じゃあ競合企業が突然潰しにかかってきたりすることも、小説の中だけのお話という感じですか」

社長「残念なことにそれは現実でも起こりうるよ。さすがに詳しくは言えないけど、うちでも似たようなことがあったんだよね……」

「サヤマ製作所の椎名みたいな卑劣なやり方をする人は現実にもいるんですね……」

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すっかり日も暮れてしまった。

「佃航平の夢は『自分の作ったエンジンでロケットを飛ばす』でしたが、大石社長の夢はなんですか?」

社長「わたしの夢はね……会社を分社化して、社員に社長をやらせてあげること。社長業は本当に大変なんだけど、自分で全部決められるからストレスがないんだよ。この楽しさをぜひ若い人にも味わってほしい」

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社長「昔に比べて今の人って起業する人少ないでしょう。でもわたしはどんどんやればいいと思う。若ければ若いほどそのリスクは低いわけだし」

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社長「わたしも起業した時は半分度胸だったしな……。もう結婚はしていたけど」

「奥さんは何も言わなかったんですか?」

社長「私がこういう性格だから諦めていたね。起業しようと思ったきっかけは、当時いろんな経営者と会う機会があって、そういう人たちと話しているうちに『楽しそうだなあ、やってみたい』と思ったんだ」

社長「はじめは『本を包んで中を見えなくするなんて馬鹿げている』と業界紙で散々叩かれてね。ところが今やラッピングされていないコミックのほうが少ないくらいだ。フィルムで包んだほうが売り上げが上がることが分かったんだよ。あの時、私を馬鹿にしてビジネスチャンスを逃した人間たちは『きれいな本を買いたい』というお客様の立場に立つことができなかった人たち。『お客様のためを思って』ではなく『お客様の立場に立って』考えることが重要なんだ」

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「『下町ロケット』は男性の活躍が目立ちましたが、もし本当に分社化するとしたらその会社の社長になるのは女性でも構いませんか……?」

社長「もちろん。どうしてダメなの? 女性だって優秀な人はたくさんいるし、男女の価値は一緒だ。女性をうまく活用できない会社は確実に潰れる」

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そう言って社長は社員たちと2泊3日の合宿へと旅立った。

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もし就職活動中に出会っていたのが「マカオやベガスにギャンブルに行く」自慢をする社長ではなく大石社長のような人物だったら、私の「就職」に対する思いはまったく違うものになっていただろう……。遠ざかるバスの後ろ姿を見ながらそんなことを思った。

次々に災難が舞い込んだり、その度に都合よく事態が好転したりするところはやはりフィクションとしか言えないが、「下町ロケット」は中小企業社長の「モノづくりに対する思い」「製品を使ってくれる人への思い」を忠実に再現してあった。しかし「社員に対する並々ならぬ愛情」があってこそ会社は成り立っている。リアル下町ロケットはそう、教えてくれたのだった。

 

(暇な女子大生+ノオト)

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ブロガー・文筆家。大学在学中、暇を持て余した女子大生が欲望の赴くままに文章をしたためる「暇な女子大生が馬鹿なことをやってみるブログ」を開設。暇だから○○してみた、○○行ってみた、といったルポ風記事で人気を集める。ブログをもとにした初の書籍「暇な女子大生が馬鹿なことをやってみた記録~男と女のラビリンス編」(KKベストセラーズ)が発売中。TwitterIDは@sada_freejd29

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