宇宙飛行士は遺書を書く!?宇宙飛行士の大変なことを山崎直子さんに直撃

 

ピピピ。

コンニチハ!

 

ワタシは宇宙ビジネスコンサルタントの大貫美鈴さんが考案した宇宙ロボ、「みすず3号」です。

ワタシ、宇宙ビジネスに携わるエンジニアや企業たちを世に広めるために開発されたから、“宇宙を舞台に活躍する人”をつかまえて話を聞くのが趣味なの。

 

今回お話を聞くのは、すごい人よ……うふふ。

えーっとこの辺で待ち合わせをしているんだけど……

 

「こんにちは、宇宙飛行士の山崎直子です」


わぁ、こんにちは!本物の宇宙飛行士さんだわ!テンション上がるー!


ふふふ。今日はよろしくお願いします。


今回は山崎直子さんが宇宙飛行士という仕事のなかで「気づいたこと」というのを色々とお伺いしたいと思っています。


はい、分かりました。

 

いきなり希望とは違う仕事についた


さっそくですが、社会人の最初はJAXAの前身であるNASDAに入社したんでしたっけ?


ええ、そうです。1996年4月にNASDAに入社しました。


配属された部署はどこだったのかしら。


もともと宇宙ロボットの研究部署への配属希望を出していたんですが、希望とは違うISSの日本実験棟「きぼう」の開発部門の仕事でした。


あら、“希望とは違う「きぼう」の仕事”だなんて、皮肉なダジャレよね。


そうなんです(笑)


えっと、山崎直子さんが宇宙で滞在したのも「ISS」よね。


そうですね。


ISSって「国際宇宙ステーション」の略だけども、一般の人にはイメージしにくいんじゃないかと思って、今回わたしが模型を作ってきたわ。はい、ドーン。

 

 


わー、嬉しいです。よくできてますねコレ。


私ったらロボットのくせに手先が不器用だから、組み立てるのは苦労したわ……。

 


喜んでくれたみたいで良かった。作った甲斐があったわ。

 


このISSの一部である「きぼう」の開発が担当だったのよね。実際、希望の仕事につけなかった時に山崎さんはどう感じました?


社会人になりたてでしたし、同期が30人以上いるなかで希望する部署に配属された人なんてほとんどいなかったので「まあ、しょうがないよねぇ」「どんなところだろう」と不安とワクワクの両方でした。


確かに、希望の配属にならないなんてよく聞く話ではあるわよね。


ええ。しかも、改めて“自分の希望”ってなんなのか振り返ってみたんですけど、「大学の研究の延長ができれば良いなぁ」程度のことだったんですよね。


そんなに強い希望でもなかったと。


しかも、はじめは希望とは違った仕事も、ひとつひとつ覚えていくと面白くなっていきました。さらに、そこで学んだことは後になって活きてきたりすることも多々あったので、今では感謝しています。どの部署に行っていても、学ぶ究極のことは同じことだったのなのかなぁと思います。


なるほどね~。まずは与えられた目の前の仕事に真摯に取り組むことが大事ってことね。


そうですね。新人のうちは視野が狭いわけですから、学べることは目の前にたくさんあるんだということを痛感しましたね。もっと言えば、「目先の希望がかなった」「かなわなかった」なんて“人生の一部”でしかないわけで、長い人生で考えたらチャンスなんていくらでもあるんだと教えてもらった気がします。

 

宇宙飛行士の試験には落ちていた


チャンスと言えば、仕事をしながら宇宙飛行士の試験を受けて、受かるわけですよね。


そうなんですが、宇宙飛行士の試験には実は一度落ちているんです。書類審査で。


あら、落ちてたの? しかも書類審査で?


ええ、実務経験が少なかったのが理由だと思うんですが、バッサリと落とされましたね。


で、その時はどう感じたの?


まあ「また機会があったら挑戦しよう」と思っていましたが、宇宙飛行士の試験は不定期なので何年後にあるか分からないんですよね。5年後かも知れないし10年後かも知れない。


うわぁ大変。で、次の機会が来るまでどうしていたの?


次のチャンスが来たら挑戦しようと思いつつ、目の前の仕事を一生懸命にしていました。


で、実際に次のチャンスをモノにした、と。


はい。3年後に募集があったので応募して、試験に合格しました。3年間、実務経験を必死で積み重ねていましたが、一度ダメだったらもうダメという訳ではなく、その後の積み重ねも見てくれることが有り難かったです。他にも何度目かの挑戦で受かった人もいますから。

 


チャンスを伺いながら念願の宇宙飛行士になった山崎さん。(提供:NASA)

 


目標に向かった正しい努力は無駄にならない、ということね。


ええ、しっかりと気持ちを持ち続けることが、チャンスを逃さないことにつながると思うんですよね。ただその前に、そもそも「挑戦をすることで見えてくること」ってあると思うんです。


山崎さんも最初の挑戦で色々と見えたと。


ええ、そうすると次のチャンスに向けて準備がしやすくなるわけですから。


ものすごい前向きな考えかたですよね。


そうですね。最初の試験に落ちたことを「失敗」ととらえてガックリと落ち込むのではなく、「自分の経験値が増えた!」と考えていました。

 

二度のスペースシャトルの爆発を見て、遺書を書く


なるほど。そんな前向きな山崎さんですけど、スペースシャトルの事故はどう見ていたのかしら。2003年2月1日にコロンビア号が帰還する際に事故を起こしましたよね。あれはさすがに……


はい、1986年にチャレンジャー号も爆発しましたが、それから20年近く無事故だったわけです。ですから、コロンビア号の空中分解事故は衝撃的でした。「まだまだ宇宙に行くことのリスクは大きいんだな……」と現実を突きつけられた気がしました。

 


1986年、チャレンジャー号が発射直後に爆発し全世界に衝撃を与えた。(提供:NASA)

 


この事故の時は、宇宙に行くための準備中だったのよね。


ええ、でもこの事故によって宇宙行きのスケジュールなど先の見通しが分からなくなりました。すべてが不透明で。


そんななか、何を感じました?


「他人事ではないな」と思いましたけど、それでも「いつか、宇宙に行く」という気持ちは消えませんでしたね。無我夢中でロシアで訓練をしたり、アメリカのNASAで訓練をしたり。遺書を書いて訓練に臨んでいました。


い……遺書?


ええ。最終的には2回、遺書を書いています。訓練開始時と宇宙に行く前。


仕事に取り掛かる前に遺書を書く仕事って……、すごいとしかいいようがないわね。


それだけ覚悟がいるという意味でもそうですが、ただそれよりも大事なのは、自分がいなくなっても周りが困らないようにしっかりと引き継ぐということです。


引き継ぐための遺書でもあるってこと?


ええ、宇宙開発というのは人類における “長期プロジェクト” ですから、事故などで途絶えさせてはいけません。もともと宇宙飛行士というのはそういった責任を持っていますが、コロンビア号の事故時には特に「引き継ぐこと」の重要性を感じました。


そうか、人類のための仕事ですものね。


はい、そもそも仕事というのは自分だけが頑張ればいいものではないと思うんです。これは会社組織でも同じではないでしょうか。自分ひとりで会社がまわっているわけではないですから、自身の仕事を周囲にしっかり引き継ぐことも大事です。もちろん、組織でも家族でも、その中で、きちんと自分の役割や居場所をつくりたいと思いますが、自分が抜けた後もきちんと回るように、自分だけで抱えるのではなく、しっかりと次に繋いでいく、という思いも大切だと思いました。

 

NASAの訓練で感心した2つのこと


ロシアやアメリカでの訓練は、相当過酷だったんじゃないかしら。


実際の訓練の様子がこちら。(提供:NASA)


そうですね。肉体的に大変なことは多々ありました。でも、訓練をするなかで「人を育てること」について感心したことが2つありました。


感心したこと? なにかしら。


1つは「リアルタイムで査定される」ということです。


リアルタイムで査定……?


一般の企業では人事評価として1年に1回面談があるかと思いますが、これは宇宙飛行士も同様です。自己管理・リーダーシップ・フォロワーシップ・状況把握などを評価されます。それに加え、例えばロボットアームの操作訓練をやったあとは「上手かった点」や「修正した方がいい点」など、その場で詳しくフィードバックがあるんです。


へえ、その場ですぐに修正してもらえるっていうのは大事なことよね。


はい、ただ「修正した方がいい点」を指摘する時って結構むずかしくて、「Good Job」は言いやすいですけど、「Bad Job」の時って誰しも言いにくいですよね。


確かに。人に指摘する時ってちょっと気を使うわね。


こういう時は、行動と人格を切り分けることが大事で、人を責めるのではなくて行動を修正するということを意識した方がいい、と学びましたね。


人を責めるんではなく、行動を修正する。なるほどね。


そして2つ目が、評価が「加点方式である」ということです。


加点方式。


ええ、出来なかった点で評価が下がってしまうのではなく、出来たことを評価していくんです。ボーイスカウトとか子育てでもそうですよね。出来たことを褒めるとモチベーションも上がりますから。


日本企業は逆のパターンが多い気がするわね。


それだと残念ですね。特にエンジニアの世界は流れが速いですから、5年後10年後も生き残るためには常に学ばないといけません。そうなると「新しいことに挑戦する」ということを組織全体で後押ししないとダメですよね。そのためにも、「出来たことを評価する」という動きはとても大事なんじゃないかと思います。


確かにねぇ……。そしていよいよ宇宙に向けてスペースシャトルが打ちあがって……


あ、あれってなんだかシャトルの発射台みたいですよね。

 


思わず建設中のタワーマンションが発射台に見えてしまう。

 


確かに! いまにも発射しそうなマンションね。……いや、そうではなくて(笑)いよいよスペースシャトルで宇宙に飛び立ってみて何か感じたことはあるかしら。


そうですね、地球ではおよそ経験できないようなことがたくさんありましたよ。例えば、オーロラが毎日見れました。


毎日オーロラ! 贅沢!


ISSは地球を1日16周しますので、1日で地球のさまざまな場所を見ることができるんです。


1日に16周もしているのね。そうすると90分で1周、っていう計算よね……。


そうですね。ですから、45分毎に窓の外が明るくなったり暗くなったりするのでものすごく慌ただしいんですけどね。


それはなかなかない経験ね~


あと感じたのは、宇宙のニオイですかね。


ニオイ? 宇宙にニオイがあるの?!


もちろん真空の宇宙空間で直接ニオイをかぐことはできないのですが、同僚が7時間ぐらいの船外活動の後にISSに戻ると、宇宙服に染み付いたニオイを感じました。

 


船外活動で宇宙服に宇宙のニオイが染みつくなんて意外。(提供:JAXA)

 


へえ~、面白い。ちなみにどんなニオイなんですか?


ちょっと焦げたラズベリーのようなニオイですね。


焦げたラズベリー! 何だか不思議……。ラズベリーと言えば、宇宙ではどんな食事をするのかしら。

 

宇宙空間での食事やコミュニケーション


そうですね。宇宙食は今、300種類くらいあって、ピラフやハンバーグ、スパゲッティやサバの味噌煮など、それぞれの国の料理を楽しめます。地球上で試食をして、自分が好きなものを持っていけるんです。


へえ、意外と種類が多いのね!無重力で食べ物を食べても肉体的に問題はないのかしら。


ああ、胃液が浮いているせいか、最初のうちは満腹感が強いですね。すぐお腹がいっぱいになる感じがします。

 


こちらは実際に宇宙で食事をしている様子。(提供:NASA)

 


他に宇宙空間で苦労したことってあります?


コミュニケーションが大変ですよね。作業指示なんかで方向を示す時に、宇宙では上も下もありませんから、相手の姿勢に合わせて指示を出さないと混乱してしまいます。


なるほど確かに! 地球では「上」って言ったら空だし「下」って言ったら地面だけど、宇宙では空も地面も無いものね。


相手が今どういう状態にあるかを確認して、それを基点に指示を出すんです。でもこれって、あらゆるコミュニケーションで大事なことかなと思いますね。

 


ISSの窓からは地球が上に見えることもあるのだ。(提供:NASA)

 


「相手の状態を基点にしたコミュニケーション」。なんだか深いわ……。他に宇宙空間で感じたことってあるかしら。


あとは宇宙での「AI化の波」も感じました。


AI化といえば、今かなり各方面で話題になっているわよね。ロボットの私が言うのもなんだけど(笑)


宇宙でも、出来る限りのことを自働化したり、地球の管制官から遠隔で操作できるようにしたり、宇宙飛行士の業務効率化が進められているんです。特にこの10年くらいでしょうか。


いずれはすべてAIやロボットに置き換えられるのかしら……


いえ、ヒトと機械との関係が悩ましいところでして、人もミスをするし、機械もミスをしうるんですよね。ですから、人がミスをしても機械がカバーしたり、機械がミスをしても人がカバーしたりできるような補完関係が理想ではないかと思います。


人と機械の補完関係。なるほどね。


AI化によって仕事が減っていくとも言われていますが、人がいないとできないこともありますから、自動化できるところはどんどん自動化して、本当に人がやるべきクリエイティブなところは人がやるべきだと思います。


それはどの仕事でも言えるかも知れないわね。宇宙でのミッションを終えて地球に戻ってきたときは何を感じましたか?

 


山崎直子さんを乗せて無事に帰還したディスカバリー号。(提供:NASA)

 


そうですね、まずは重力の存在でしょうか。自分の体はもちろん、手に取った紙一枚でも重みを感じられました。


へえ、普段あまり重力を意識したことないから不思議ね。


他にも、緑の香りがしたり、そよ風があったり、水が美味しく飲めたり、土の感触があったり。地球上のひとつひとつのことが「なんて愛おしんだろう」と感じました。今まで当たり前だと思っていたことが当たり前ではないんだ、と。

 


そう、地球は風や緑が溢れていて素敵な星なのだ。

 


風邪をひいたときに健康の有難みを知るようなことはあるけど、地球で生きていることの有難みを知るなんて、すごいわね、やっぱり。


地球って美しいんですよね。宇宙空間にいると、目の前に地球があって、地球と向き合っている感じになるんです。私たちも宇宙船で宇宙にいたわけですが、地球もひとつの宇宙船だと感じるんです。そう考えると、宇宙船の乗組員同士で争いをしている場合じゃないと思うんですよね。そんなことをしている時間があったら他にやるべきことがたくさんあるんじゃないかと。


まさに宇宙規模の視点よねぇ。そうそう、地球といえば私この間、仙台の天文台に行って「アースキャンディ」っていうのを買ったからプレゼントするわ。このタイミングでアレだけれども、お土産です。

 


仙台市天文台で販売されている「アースキャンディ」

 


わぁ、これテレビで見たことありますよ。ありがとうございます。

 

 


あら、持った感じがいい雰囲気! 山崎さんは、まさにこんな感じで地球に向き合っていたってことよね~。

 

自分の決断に責任を持つことを大切にする


でも、宇宙飛行士になって宇宙に行くまでに諦めようと思ったことはないですか?


諦めようと思うことはなかったですね。どんな道を選んだとしても、自分の決断に責任を持つことを大切にしていましたので。それに訓練は楽しかったですし、訓練ができることがありがたかったですから。


自分の決断に責任を持つこと、楽しむことと、感謝すること。いずれも大事よね~。


宇宙飛行士ってどうしても宇宙に行ったことばかりがフォーカスされますが、宇宙飛行やそのための訓練だけでなく、先輩が宇宙にいる間の地上側でのサポートや、ロボットアームや実験装置の開発支援など、技術支援的な業務が6割から7割を占めます。光が当たっている陰には多くの苦労や人の支えがあるということを忘れてはいけないな、と思いますね。

 


宇宙に行って「周囲に支えられて仕事ができていることを忘れてはいけない」と感じた山崎さん。(提供:NASA)

 


人の支えってなかなか気づかないものだけど、本当にありがたいものよね。


宇宙飛行士の活動では、他者へのサポート業務は皆100%力を入れるようにしているんです。そうすることでチームとして上手く回っていくんですよね。


それはどんな組織でも同じく大事なことかも知れないわね。


そうですね。誰かが先に選ばれたからといって嫉妬をしたり足を引っ張ったりするのではなく、サポートをしてあげることで組織全体が上昇していく。そうすれば、結果的に自分自身も引き上げられていくのだと思います。

 

なるほど~。宇宙の話とはいえ、一般の企業でも参考になることが多かったわね。

山崎さん、今日はありがとうございました!

 

ピピピ。

 

取材協力:山崎直子・JAXA・NASA
取材+文:プラスドライブ/原 正彦
画像制作:Adesign

この記事が気に入ったらいいね!しよう

いいね!するとi:Engineerの最新情報をお届けします

プライバシーマーク