ヒト

カシオ時代に築いたエンジニアとの組織づくり。家電ベンチャー UPQ代表 中澤優子のチーム論【前編】

設立からわずか2か月というスピードで24アイテムの家電・家具をリリースした、国内発の家電ブランドUPQ(アップ・キュー)。その中心で企画〜コンセプトメイキング〜開発までを指揮するのが代表の中澤優子さん。

そもそもカシオ計算機で数々の携帯電話の商品企画を担当、その後退職され、秋葉原にてカフェ経営をしながらハッカソンに出場するなど大変興味深い経歴をお持ちです。

2015年8月には、国内では数少ない家電のスタートアップを設立。今回は起業に至るまでの経緯やその時々で確立させた仕事論などを前編・後編に分けてお届けします。

誰が見ても「欲しい」と思えるモノを生み出すのが、プロの企画者

—ご経歴としては、まずカシオに就職されてるんですよね。

中澤:そうですね、2007年に新卒で入りました。そもそもはVodafone社向けの法人営業部に入る予定だったのですが、Vodafone社が無くなりSoftBank社に変わる直前だったので、入社した時には営業先がなくなってしまったんです。それもあって、数ヵ月開発現場や街中の販売店などをフラフラしたりしてました(笑)

—入社早々、そのように自由行動ができるのですか?

中澤:営業部に所属していましたが、先の通りすぐには動けないタイミングだったので、市場調査と称して販売店を巡ってみたり、大学生や高校生に街角でインタビューしてみたり、業務の範囲内でいろいろと自由に動かさせてもらっていました。

約1ヵ月半そのような活動をした後、報告を兼ねた社内プレゼンをすることになりました。自分にプレッシャーをあたえるために、当時の幹部や先輩方を全員集めていただいていて(笑)。結果、プレゼンした携帯電話の新機能が実際の製品で採用されることになったんです。その後「商品企画部」に異動になりました。

—そのとき採用された“機能”とは何ですか?

中澤:「写真写りがいい」と満足のゆく撮影をするためのカメラ機能「美撮りモード」(機種は830CA/2008年11月発売)です。当時よく上司からは、現行機種よりもっとサクサク動くようにするなどの提案は、企画でも何でもなく改善点だと言われていました。誰にでも分かるような進化は企画でも何でもないと、何て重い課題を背負ってしまったんだと思いましたね。

誰が手に取っても欲しいと思えるポイントが引き出せるようになったら、一人前の商品企画者だとも教わりました。その回答として、写真って不思議なもので他人から見たら素敵な一枚でも、当人にしてみれば捨ててほしいくらいの写真写りの悪い写真に思えてしまうという課題を感じている人が多いんです。そこで、「たいていの人が自分の写真写りに満足できるカメラ機能をつくる」という商品企画をしたんです。

—ターゲットニーズを捉えながら、より自由な発想が求められる土壌があったのですね。詰め込み型の教育ではなく、一旦立ち止まって冷静にユーザーと対峙する時間があったからこその提案という気がします。

中澤:入社時点でカリキュラムもあったんですよ。「携帯電話業界とは」「歴代機種の紹介」「テクノロジーの進化」など。幸いにも私、学生時代の後半は単位が全部取れてしまったのでフルタイムで携帯電話の販売店で働いていたんです。

なので、市場という意味では私もかなり詳しかったので、入社した途端に、授業みたいな感じでさまざまな先輩が講義の準備をしてくれたんですけど、すでに知っているという状態になっちゃって。2日目ぐらいからそのカリキュラムが中断されました。

そしたら何しようかとなった時に、新しい携帯電話について考えたいということを、その当時の営業部長に言ったら人事部まで話を通していただいて実現しました。そのときの先輩方には本当に感謝しています。あれがなかったら、今の私はいないと心底思いますね。

会議はほぼ無し!毎日の会話を大切にして、チームの円滑なコミュニケーションを育む

—では、企画から開発に移る段階でチーム内のエンジニアとはどのような関係性を築いていったのでしょう?

中澤:開発が始まる前にそもそも最初に私がすることは、エンジニアを中心にみんなを集めて、めざそうとしている到達点を宣言することです。その芯さえブレなければ、スタッフ各々がブラッシュアップしてくれていいと。途中でブレているかどうか分からなくなったら、私の芯はブラさないから、いつでも聞いて欲しいとも伝えます。いつでも相談に乗るし、納得いくまで詰問してくれてもいいとも言います。

また、来るのを待っているのではなくて、私はだいたいエンジニアの横に座ってベタ付きで仕事をするんですね。彼らが図面をアップデートするのに時間がかかるのであれば、その横で私は提案書を作ったりとかするんですけど。途中、いやそれ違うと思う、とか勝手に覗き見てアドバイスしたりしていました。

会議をあんまり開かないんですよ。定例を開いて、みんなのステータスをアップデートするとか全然興味がない。それは、毎日会話をしてれば誰がどういう状況で、どういうところで困っていて、今モノがどこで滞っているのかっていうのが分かるので。

だいたい2、3モデルは同時に回すんですね。時間は有限ではあるけれども、それぐらいだったら私のワークタイムを使えば受け持つことができます。

—中澤さんに一極集中する分、かなり負荷がかかるようにも思えますが、そのように仕事をされている方は他にもいましたか?

中澤:ほぼいなかったです。だいたい企画者はデスクに座って、提案書作りに集中する。私がそのデスクに座るのはエンジニアも含めてみんなが帰った後です。みんなの仕事が終わって、私にボールが回って来たら初めてデスクに座るし、彼らが朝出社する前にそのボールを返すと、誰も空いた時間がなく進むじゃないですか。

例えばみんなの技術資料を集めてスペックシートを書くとなった時に、ハード・ソフト・機構をみんなチェックしなきゃいけないと。それを私が日中に一度見直して、再チェックしなきゃいけないとなったら、工数をどれだけ取りますかという話になりますよね。

そこでは、私の時間をいわゆる営業時間内には取らないんですよ。みんなが来る前までに仕上げて、翌朝以降はエンジニアとのワークタイムを極力長く取る。スタッフを急かせるとボロも出るし、不満の原因にもなると思うので、彼らの時間は削らないということを常に実行していました。

製品を手にしたユーザーの判断は明確。だからこそ、ひとつの工程もサボれない

—商品開発に限らず他の業種にも当てはまる普遍的な方法だと思います。チーム全員がゴールに向かって走るために何が必要か、という一種のリーダー論を伺えた気がします。

中澤:最終形はユーザーが手にするモノなので、良い悪いの結果が明確なんですよ。ひとつサボると日程がずれてしまったり、機能が1個抜け落ちてしまったりもするんです。

携帯電話だと製品を通信キャリアに卸しているので、納期が間に合わないから次の商戦期に変えようということができないんです。春なら春に合わせて各社で機種を揃えなければならないので。そうした特殊な業界だからこそというのもあるかもしれません。

—なるほど。貴重なカシオ時代のお話をありがとうございました。次回後編ではハッカソンへの参加から起業に至るまでの経緯についてお伺いします。

▼後編はこちら
突然のハッカソン出場が作り手魂に火を付けた!?UPQ代表 中澤優子が家電ベンチャーを立ち上げるまで【後編】

中澤 優子さん
株式会社UPQ代表取締役

1984年生まれ。大学卒業後、カシオ計算機株式会社にて営業部を経て携帯電話の商品企画を担当。2012年に同社退職。翌年、秋葉原にカフェをオープン。2014年にはハッカソンにてIoT弁当箱「X Ben」を企画・製作し、経産省フロンティアメイカーズ育成事業に採択。2015年7月、株式会社UPQ(アップ・キュー)を設立し、代表取締役に就任。

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