キャンパスに“スマートゴミ箱”を置いたら見えてきた!東海大学・撫中達司教授に聞く、IoT技術とエンジニアの未来像

ドラえもんのひみつ道具の中に、“モノモース”という道具があるのを、ご存知でしょうか?霧吹きのようなビンに薬が入っていて、これをモノに吹きかけると、“モノが意思を持ってしゃべり出するようになる”というものです。

実はこれ、もはやアニメや漫画の世界だけの話ではないのです。私たちが生活する現実の世界でも起こっているのです。それが近年話題になっている、“IoT(Internet of Things、モノのインターネット)”。

IoTとは、様々なモノがインターネットに接続され、それぞれが“自発的に”情報を発信・交換するようになること。これにより、人間がわざわざモノの状態を確認しに行かなくても、モノが自分から状態をしゃべってくれるようになります。

このIoTの技術を“ゴミ箱”に適用し、「定期的にゴミを圧縮してコンパクトにする」「一定以上のゴミが溜まったら、スマートフォンに通知する」などの機能を備えた製品が、スマートゴミ箱“BigBelly Solar(ビッグベリー・ソーラー)”。そして、このゴミ箱を使って、教授、学生が一丸となりIoT研究に取り組んでいるのが今回の主役、東海大学情報通信学部組込みソフトウェア工学科です。

一見、テクノロジーやIoTからは、ほど遠い存在に思えるゴミ箱。それがインターネットにつながり、自らしゃべり出すと、一体いったいどんなことが実現できるのでしょうか?

同学科で、IoT研究の専門家として教鞭をとる撫中達司教授に、お話を伺いました。

“しゃべるゴミ箱”BigBelly Solarのこと、学生たちは何も知らない。だからこそ設置する意味がある

image2

▲米国BigBelly Solar社と、日本での独占的販売代理店契約を結んでいるのは日本システムウエア株式会社。同社と撫中教授の研究チームが共同でこのゴミ箱の実証実験を行っている。

―よろしくお願いします。早速ですが、構内に入った瞬間に「スマートゴミ箱」と書かれたゴミ箱が目に飛び込んできました。本当に“普通に”設置されているんですね。

撫中:はい。まさにそれが、BigBelly Solarのゴミ箱です。現在は大学内の2カ所に設置しているんですよ。

―「データ収集」「検証実験中」とも書かれていました。実際に、このBigBelly Solarはどんな情報を集めることができて、何が分かってくるのでしょうか?

撫中:分かってきたことは、大きく二つあります。ひとつは、ゴミ箱は「どこに設置するか」が非常に重要だということです。当然のことですが、あまりゴミを捨ててくれない場所に設置しても、回収効率は良くありません。BigBelly Solarには、ゴミが溜まるペースや回収頻度をレポートしてくれる機能があります。ゴミを回収する効率を上げるためにも、そういったのデータを元に、まずは最適な設置場所を探し続けているんです。

―ゴミが多く捨てられる場所が分かり、そこにゴミ箱があるというのは、とても素晴らしいことですね。では、もう一つ分かったこととは何でしょうか?

撫中:はい。それは「学生たちはあまりゴミを分別してくれない」ということですね(笑)。飲みかけの缶やペットボトルに、お菓子の袋も混ざっています。

―なるほど(笑)。ただ、それに関しては学生たちに対して、「こういった取り組みをしているから、きちんと分別をしてくれ」とアナウンスすればいいのでは?

撫中:実はそれ、“あえて”やっていないんです。

―えっ!それは、どうしてですか?

撫中:BigBelly Solarを「大学の外にも普及させる」段階に移行したとき、当然ながら分別の意識が低い人たちもこの製品を使うことになります。そういう人たちがどのようにこれを利用するのか、どんな種類のゴミを捨てるのかということを知るために、現状採取しているデータは非常に有用なものになると思っているんです。

―つまり、「分別しない人もいる」ということを念頭に、データを集めなければ意味が無いわけですね。

撫中:はい。綺麗事だけではなく、イレギュラーな使われ方もするという事実をきちんと受け入れ、実験することが大事です。そうすることで、実情に即したデータが取れると思いますね。

根底にあったのは、日本のものづくりへの“危機感”

image2

―そもそも、なぜ“ゴミ箱”を研究テーマに選ばれたのでしょうか。

撫中:そうですね。そのためにはまず、私の経歴を簡単にご説明しましょうか。もともと私は、電機メーカーの研究所に29年間勤めていたんです。専門は、短距離無線通信と呼ばれる、BluetoothやWi-Fiなどに使われている技術でした。研究者として働く中で、日本のものづくりには課題があることが、だんだんと見えてきたんです。

―その課題とは、どのようなものでしょうか?

撫中:旧来の日本のものづくりは、「良いものを、安く」という、“作ること”だけにフォーカスしたアプローチが思想の根幹でした。しかし、GoogleやAmazon、Appleのような世界的IT企業を見てもらうと分かるように、「実際にものを作る工程は人件費が安い国にアウトソーシングし、サービスの内容そのものは自社で考える」というアプローチが、近年だんだんと主流になってきています。旧来の日本式アプローチでは生き残っていけなくなると考えました。

―なるほど。グローバル化により、戦う相手は“世界”になった。これまでのように、品質面や価格面だけでは勝負していけないわけですね。

撫中:そうなんです。そうした課題意識があり、「次世代のエンジニアにとって有益になる研究テーマを見つけ出す必要がある」と考えていました。そこで出てくる重要なテーマが、“インダストリー4.0”という概念です。

インダストリー4.0世代のエンジニアが考えるべきこと。それは“持続可能な発展”

image2

▲ゴミの溜まり具合をリアルタイムで把握。過去一定期間のゴミの量や回収頻度も自動的にレポートされる。

―インダストリー4.0とは、どういうものでしょうか?

撫中:これはドイツ政府が推進する、製造業の高度化を目指すプロジェクトのことです。“インダストリー”とは産業革命のことで、第一次産業革命では石炭を用いて機関車が走るようになりました。第二次では石油を使って電気が作れるようになり、第三次はインターネット。そして今は第四次だと言われていて、この世代に重要になってくるテーマが、“人工知能”や“IoT”なんです。

加えて、インダストリー4.0では、“持続可能な発展”というのも重要なテーマになってくると言われています。これまでのものづくりは、化石燃料を使ったり、森林を切り開いたりして、環境を破壊しながら、人間の生活を豊かにしてきました。けれど、今後は太陽光であったり、風力であったり、再生可能なエネルギーを使って、環境に配慮しながら発展していくことが大切なんです。

―“IoT”と“再生可能”。なるほど、ゴミ箱を研究テーマに選んだ理由がなんとなく見えてきました。

撫中:そう。みなさん、「モノを買って、消費して、捨てる」ということを普段からやっているでしょう。今後はこれを、「モノを無駄に捨てることなく、その資源をどう循環させていくか」と発想を転換していく必要が出てくるんです。

そう考えたときに、そのサイクルの末端にいる“ゴミ箱”を研究することは、非常に意義があります。サイクルを上手に回していくための、有益な情報がたくさん詰まっているからです。余談ですが、私たちは“ゴミ箱”ではなく“再生箱”と呼んでいるんです。そのネーミングにも、そんな思いが込められています。

エンジニアは“ものを作るひと”ではなく“サービスを作るひと”になっていく

image2

▲ゴミ箱上部で点滅する光は、緑、黄、赤の3段階でゴミの量を表す。回収すべきかどうかを“自分から”伝えている。

―次世代のエンジニア育成について、お話を伺いたいのですが。今後、エンジニアはどのような考え方でものづくりに取り組んでいくべきだとお考えですか?

撫中:単に良いものを作るだけではなく、「サービスに対してどう貢献するか」を考えなければ、生き残っていけないと思っています。

たとえば、“空調”を例にとってみましょう。一般的にこれは、「涼しい風を送ってくれる機器」だと考えるのが普通です。けれど、これからのエンジニアには、これを「快適にしてくれるサービス」だと考える思想が必要だと思うんです。

つまり、快適さを提供できるのであれば、“機器”にこだわる必要は無い。ユーザーが抱えている“課題”は何かを第一に考える姿勢が、これからのエンジニアのあり方になってくるように思うんですね。

―そう考えると、未来のエンジニアたちを育てる大学教育の場というのは、本当に重要なものですね。「サービスに貢献する」という考え方を養うために、学生たちとどのような取り組みをしているのでしょうか?

撫中:ゼミの学生たちを“家電チーム”、“BigBelly Solarチーム”、“家全体の購入・消費活動最適化チーム”の3つに分け、それぞれのチームに対して「IoTを使って、どんなことが実現できるか考えてみて」という課題を出しています。その企画は、利益が出るかとか、製品にできるかといったことは一切気にしなくていい。とにかく自由にアイデアを出してもらっているんです。

もちろん始めのうちは上手くいきませんでした。けれど、そうしたことを続けていたある日、学生が「ゴミ箱に何が捨てられているかデータを集計すれば、近隣のコンビニなどはその消費傾向を元に、どんな商品を仕入れればいいかを最適化できるのでは」という意見を挙げてくれたんです。これはとても大きな進歩で、これまで誰も思いつかなかったサービスのアイデアを、学生自身で導き出してくれたのです。

先日、学生たちが就職活動で企業に提出するエントリーシートを見る機会があったのですが、その内容からも「サービスに貢献することが重要だ」というマインドが育っていることが感じ取れたんです。

こういう考え方をしてくれるのなら、きっと学生たちは、日本のものづくりの将来を支えるエンジニアになってくれる。そう実感しています。

―すごい…。それは未来のエンジニアを育てていく者として、最高に充実感があるでしょうね。

撫中:私たちIT技術者は、「テクノロジーは本当に人間の社会生活を豊かにしたのだろうか」というテーマを常に問いかけられていたと思うんです。そして、未来を担うエンジニアは、その問いに対してなんらかの答えを返していく必要があります。

自分が作るものが、どういう価値を、誰に与えるのか。どんなものを開発するにしても、自分の中できちんとその意味を考えながらながらやっていく。学生たちがそんなエンジニアに育ってくれれば、きっと日本のものづくりは明るいものになると信じていますね。

これから日本のものづくりを担う学生たちへ、伝えたいこと

image2

▲今はまだ、単なるゴミの山かもしれないが、IoTの導入が“宝の山”に変えるかもしれない。

再生可能エネルギーの象徴として、消費サイクルの末端にあるゴミ箱を研究テーマに選んだ撫中教授。その行動の根底には、「未来の日本のものづくりに貢献したい。それを叶えてくれるエンジニアを育てたい」という、学生たちへの熱い想いがありました。

捨てられたゴミが、まさに学生たちを育てる“たい肥”となり、エンジニアとしての才能を芽吹かせていく。雑多に集まったゴミを見つめる撫中教授の笑顔は、そんな明るい未来が待っていることを予感させてくれます。

取材協力:東海大学

この記事が気に入ったらいいね!しよう

いいね!するとi:Engineerの最新情報をお届けします

プライバシーマーク