はんこ職人×電子はんこ開発者対談 はんこの未来はどうなる!?

昨今、コロナ禍やIT化の影響もあり、はんこのあり方が大きく変わりつつあります。電子はんこが登場するなど、デジタル技術で便利になっていく一方、職人が作るはんこを支持する声も少なくありません。

はんこと電子はんこ、それぞれの作り手たちは、はんこを取り巻く現状に何を思い、これからの未来をどう思い描いているのでしょうか。

今回は、そんな「はんこの今とこれから」について、はんこ職人と電子はんこ開発者に対談していただきました。

伊藤睦子 さん
伊藤印房二代目代表。高校卒業後、印章彫刻師の父親に師事。自然木の遊印を考案し、実用新案を取得する。「江戸女職人の会」の会長。「台東区優秀技能者」「東京都優秀技能者都知事賞」受賞、東京マイスター認定者。自宅の工房で体験教室も開講。
https://www.ito-inbo.com/

石井徹也 さん
GMOグローバルサイン・ホールディングス株式会社
電子契約事業部企画開発セクション セクションチーフ
2011年同社に入社し、2014年に電子契約の新規事業計画を立案。翌年「電子印鑑GMOサイン(旧:「GMO電子印鑑Agree」)をリリース。以来、日本の電子契約の普及を促進しトップシェアを目指すため、開発責任者として顧客視点に立ったプロダクト・サービスの企画・開発を担う。
https://www.gmosign.com/

独学で学び、変化し続ける女性はんこ職人

ーー今、はんこ業界はとても変化が激しい時だと思います。そんななかで、ぜひつくり手の生の声をお伺いできればと思います。本日はよろしくお願いします。

石井徹也 さん(以下、石井):伊藤さん、よろしくお願いいたします!

伊藤睦子 さん(以下、伊藤):こちらこそ。よろしくね。

ーーまずはじめに、伊藤印房さんのこれまでの歩みについて聞かせてください。

伊藤:うちは父がはんこ職人でね。私は2代目なの。昔から下町では長男長女は家業を継ぐものだったんだけど、うちは女2人姉妹だったから。子どもの頃から長女だった私が継ぐものだと思っていたし、小学生くらいからは書道も習ってたよ。はんこを作るには繁体字が必要だからね。

ーー家業だったんですね。でははんこを彫る技術はお父様から?

伊藤:それが、私がまだ21か22のときに父が脳梗塞で倒れてしまって。だから結局、技術は独学だったね。私が女ってこともあって、当時はいろいろ言われたよ。もう、今で言うパワハラなんて目じゃないくらい。出る杭は打たれるってやつ。だったら出きっちゃえばいいって思ってやってきたけどね。

ーーそうでしたか。そこから一人前になるにはご苦労があったのでは。

伊藤:今も一人前だなんて思っちゃいないし、一生勉強だと思っている。お客さんが気に入ってくれないと意味がないからね。私は運がよかったんだよ。

ーー運がよかったというのは?

伊藤:私がはんこ職人になってしばらくした頃、“職人ブーム”が起きたんだよ。当時はよくデパートで職人展なんてやっていたね。女の職人が珍しかったこともあってか、私が目をつけられて、いろいろな職人展に呼ばれるようになったの。寅さんみたいに日本全国を回ったよ(笑)。それがきっかけで売れ始めたんだ。

ーーでも、やはりそこには伊藤さんの確かな技術があったからこそですよね。

伊藤:あの職人展に出たおかげで、私はいろいろな人の話を聞くことができた。それが大きな財産になっているの。はんこ屋は昔から業界内だけで付き合いをしてきたけれど、人と接しなければだめ。たくさんの人からヒントを与えてもらったことが、新しいことを考えるきっかけになったの。

ーー人との出会いから新しいものが生まれていったのですね。伊藤印房さんといえば自然の木を使った小枝印鑑ですよね。名前だけでなく動物や草花などが彫られていて、とてもユニークです。

石井:私も気になっていました。ちなみに、小枝印鑑のように遊び心があるデザインのものも銀行印として使えるんでしょうか?

伊藤:使えるよ。名前が入ってさえいれば銀行はOKしてくれるの。

石井:そうなんですね! 銀行印はかしこまったイメージがあるので、こういうデザインのものが使えることにびっくりしました。

ーー小枝印鑑はどのようにして生まれたのものなんですか?

伊藤:私も以前は一般的なはんこの材質である柘(つげ)や象牙に彫っていたのよ。ところが、あるとき埼玉県の職人さんから、「昔はお茶の木ではんこを彫っていた」って聞いてね。それで、うちの父が持っていた山から、旦那がお茶の木を切ってきたの。それを彫ってみたら面白くてさ。そこから小枝印鑑を彫るようになったんだよ。もちろん、今でも普通のはんこも彫るけどね。

石井:今ははんこのデザインがどうしても画一的なものになっていますが、オリジナル性のあるものを作って、社会の中で使っていくことはとてもおもしろいですよね。

伊藤:そうだね。プレゼントにしたいって人も多いよ。小枝印鑑からうちを知った人の中には、「普通のはんこも作るんですね」なんて言う人もいるね(笑)。

ーー昔ながらの職人さんは良い意味で変わらずに技術を突き詰めていく印象がありますが、伊藤さんは時代に合わせて変化している印象を持ちました。

伊藤:そうそう、今でも頑固おやじがやっている、はんこ屋もある(笑)。でもね、今は職人さんも変わっていかなければいけない。こうやって話して伝えることも必要。もちろん、ベースにはしっかりした技術が必要だけどね。

いつでも、どこでも。契約を効率化できる「電子印鑑GMOサイン」

ーーここまで伊藤印房さんのお話を聞いてきました。GMOさんの電子はんこについても聞かせてください。どうして「電子印鑑GMOサイン」を作ろうと思ったのですか?

石井:2014年頃、会社の中で次の事業を育てようという取り組みがあって、私も3名のチームで参加し、新たな事業内容を提案する機会がありました。そのとき、法務で契約を締結するのが面倒だという課題があり、どうやら海外には簡易的に処理ができる電子契約サービスというものがあるということを知ったんです。こんなのあるんだ、便利だなと思って、私たちも作ろうとなりました。

ーー当時の日本には同じようなものはあったのですか?

石井:あるにはあったのですが、知る人ぞ知るサービスでした。これから電子契約の需要は絶対に高まるだろうと思って我々も始めたのですが、2015年当時は全然認知されていませんでした。その後、ペーパーレス化の流れもあって、2018年くらいから少しずつ認知されてきたのですが、決定的になったのはコロナ禍によるリモートワークへのシフトですね。紙の契約書だとその処理のためだけに会社に行かないといけなかったりしますが、「電子印鑑GMOサイン」はいつでもどこからでも契約書が確認、処理できます。

ーーそういう新しいものを作るとなると、苦労もありそうですね。

石井:そうですね。スタートにあたり、法務担当に課題をヒアリングして機能を開発していったのですが、いざサービスを始めてみると、足りないものが多いことに気付かされました。契約って本当にシーンが多種多様で、当社の契約業務で行われているような使い方だけではなかったんです。お客さまからのたくさんの要望をもとに機能を追加開発していくのは大変で、今もサービスをブラッシュアップし続けています。

伊藤:そうか、やっぱり聞いていると、お客さん第一なんだね。そこは共通しているところだね。

ーーGMOサインさんの具体的なサービスの内容を教えていただけますか?

© 2021 GMO GlobalSign Holdings K.K.

石井:私たちのサービスは「電子印鑑GMOサイン」といって、実際には電子はんこというよりも“電子契約”のサービスなんです。従来の契約の流れといえば、文書を印刷して製本して、印鑑を押して郵送して、相手にも印鑑を押して返送してもらう……というものでした。それを、印刷や郵送することなく、インターネット上でPDFデータをやりとりして契約締結できるというサービスなんです。

伊藤:それは便利だね。だけど、契約って書面じゃなくてもいいの?

石井:はい。たしかにデータの場合は容易にコピーや編集ができてしまいます。そこで、私たちのサービスでは、電子署名とタイムスタンプというデータをPDFに埋め込むことで、「いつ誰が署名をしたのか」を担保しているんです。もし、コピーや編集されたとしても、「コピーや編集された」ということがすぐにわかるので、契約書として有効なんですよ。

伊藤:なるほどねえ。印刷とか郵送とかしなくていいのはよさそうだね。

石井:そうですね。インターネット環境さえあれば、いつでもどこでも契約書を確認・処理できたり、それ以外にも書面契約ではないので印紙が不要だったりといったメリットもあります。

伊藤:印紙いらないんだ。いいね、得だね(笑)。

ーー「電子印鑑GMOサイン」はどういう人たちが使っているんですか?

「電子印鑑GMOサイン」は、契約相手や用途によって様々な種類の契約印や実印があります。© 2021 GMO GlobalSign Holdings K.K.

石井:頻繁に契約書をかわさないといけないような様々な業界で活用されています。たとえば塾などは、講師と毎回契約書をかわすところも多いんです。100人の講師に100通の契約書を郵送するのは大変ですよね。一度ならまだしも、毎回となるとなおさらです。そういうところは「電子印鑑GMOサイン」の恩恵が大きいということで、ご活用いただいています。

最近のトレンドだと、ワーケーションとの相性もいいみたいですね。在宅勤務で自宅に閉じこもるのではなく、海に近い場所で仕事をするといった働き方も増えています。そんなワークスタイルと、インターネット環境があればどこでも使える「電子印鑑GMOサイン」はマッチしています。

印影に込められた、2人のこだわり

ーーお2人がつくるはんこを簡単にご説明いただきましたが、それぞれのこだわりを教えてください。伊藤さんのはんこはこの枝からできているんですか?

伊藤:そう。さっきも言った通り、小枝印鑑に使う自然木は今も山から切って持ってきているんだ。まずは、その木を5年から10年かけて乾燥させる。その間にひびが入ってしまったり、虫が食ったりしたものは使えないから捨てないといけない。

ーー10年もですか!

伊藤:そう、長い間乾燥させることで目が詰まって、長く使用しても摩耗することがなくなる。それで小枝印鑑に使う小枝ができあがったら、お客さんから受けた注文通りに下書きをする。名前とか似顔絵とか、動物とかの図柄をね。

伊藤:そして、小枝印鑑の断面を平らにして朱墨を塗り、下書きをもとに印刀で図柄を彫っていくんだ。

石井:印刀はいろいろな種類があるんですか?

伊藤:印刀はそれぞれ角度と幅が微妙に違う。両端に刃が付いていて、その角度がとても重要なの。これも職人さんが1本1本手作りしていてね、手彫りがなくなるとこの職人さんたちも職を失ってしまう。よく「伝統工芸を守ろう」って言うけれど、道具をつくる人のことも考えないといけないんだよ。

ーーまさに職人の技ですね……! 伊藤さんは長くはんこ職人を続けてこられて、どんなときに楽しさややりがいを感じますか?

伊藤:素材が自然木だから1つとして同じ形がないのは作っていて面白いところだね。それに、今はインターネットで日本全国から、いろいろな注文が入るんだ。たとえばカメラ好きの大学生から「カメラを彫ってほしい」って注文がきたり、そば打ちが趣味だって人から「蕎麦の印鑑がほしい」って注文がきたり。海外のお客さんも多いし、個人のお客さんだけじゃなくて居酒屋用途みたいな企業からの注文もある。毎回、違うはんこを作ること、それも面白さなんだよ。

石井:形や大きさもいろいろあるんですね。

ーーユーザーに合ったオリジナルを作れるのはとても魅力的です。ちなみに、手彫りで全く同じはんこをつくることはできますか?

伊藤:無理だと思う。微妙なところがやっぱり違ってくるからね。機械彫りはできるけれど。それに法律で決まっているからね。印鑑は1つとして同じ印影がないから証明に使えるの。まぁ、小枝印鑑の場合は素材が一つひとつ違うから、まったく同じものはどうやっても作れないんだけど。

ーー印影の違いは、いわば印鑑におけるセキュリティなんですね。その点について、「電子印鑑GMOサイン」の印影はどうなのでしょうか。

「電子印鑑GMOサイン」で利用できる印影。© 2021 GMO GlobalSign Holdings K.K.

石井:実は電子契約において、印影は技術的にはあまり意味をなさないものなんです。なぜなら、伊藤さんが作られるはんこと違って、電子はんこの印影画像はいくらでもコピーして貼り付けられるからです。

伊藤:そうだよね。でも電子契約書には、電子はんこを押す機能があるわけだよね。

石井:はい。私たちも事業企画当時、印影はいらないのでは、と思ったのですが、ヒアリングすると「やっぱり印影はほしい」という意見が多かったんです。

伊藤:面白いね。意味がなくてもほしいというのは文化だよね。

石井:そうなんです。契約書にはやはり印影がないと不安だという声が多くて、法人でも会社の実印や契約印をスキャンして電子署名の印影として利用されています。電子契約の世界では、印影画像は一種のシンボルとして機能しているわけです。

石井:ただ、我々のサービスではその印影画像に電子証明書のデータを埋め込むという機能があります。こうすると、印影の画像が電子署名における印鑑証明のような扱いになるんです。(=誰が署名したかの証明)

ーー意味がないはずの電子の印影に意味を持たせる技術なんですね。でも、電子証明書っていうのは誰が担保するのでしょうか?

石井:認証局という機関です。電子証明書を発行する際は、認証局が第三者機関のデータベースにある情報に記載された会社の代表電話に電話をかけて、電子はんこ所有者の実在確認をするんです。そのうえで、電子証明書の申込みIDなどもチェックして発行します。認証局は、業界の厳密な審査・認定を受けて運営されているんです。

© 2021 GMO GlobalSign Holdings K.K.

変わったこと、変わらないこと。残していくべき文化とは。

ーーお2人とも、異なる視点で印影づくりにこだわりがあることがわかりました。ところで、最近“おじぎはんこ※”が電子はんこにも反映されていることが話題になっていました。はんこ業界は変化が激しい時ですが、文化の名残や変化を感じていますか?

※おじぎはんこ…稟議書など社内で承認が必要な書類に押印する際、「部下が上司におじぎをしている」ように「左斜めに傾けて」ハンコを押すこと。

石井:おじぎはんこは、海外発祥のサービスが日本進出時に、日本のはんこ文化へのリスペクトを込めてそのような機能を入れたと聞きました。日本生まれの我々のサービスには入ってないですが(笑)。

伊藤:海外からなの!? おもしろいね。
そうそう、最近の新聞に出ていたけれど、印影の大きさは変わったね。一昔前は、女の人は一歩下がってという社会の風潮の中で、ひと回り小さいサイズを頼む人もいたけれど、今は同じ。

石井:そうなんですね。電子も印影の大きさを決めることができますが、私たちが用意した実印サイズの大きさのまま使われる方が多いですね。

ーー伊藤さんは業界で長くご活躍されていますが、これまでに業界が激変した時期はあったんでしょうか?

伊藤:それはやっぱり、「今」じゃない? 電子はんこが出てきて、脱はんこなんて言われ始めて、まわりのはんこ職人はぎゃーぎゃー言ってたよ(笑)。そこから新しく電子はんこの注文を受けるお店なんかも出てきたりしてね。

石井:そうなんですね。

伊藤:あとは昔、機械が出てきた時期だよね。機械を使えばまったく同じはんこがいくらでも作れてしまう。そうなると銀行印には使えないし、それならサインのほうがいいんじゃないかって議論もあったね。

石井:たしかに、機械で作ったまったく同じはんこを使う場合は、誰がそのはんこを押したかの証にはならないですもんね。電子はんこが普及していくと、機械で作った画一的なはんこは減っていくのかもしれません。でも、伊藤さんのような職人の方が真心こめて作っている唯一無二のはんこの価値はこれからも変わらないし、文化としても大切にされていくんじゃないかなと思っています。

手作りと電子の両立により、はんこの役割は広がっていく

伊藤:今日は石井さんとお話しできて楽しかったですよ。電子はんこの会社と対談って聞いてどうなるのかなって思っていたけれど、お話ししてみると考え方に共通するところもたくさんあったし。

GMOサインさんは、はんこだけでなく、契約のいろいろなことをやられている。こういう会社があってもいい。取り入れるものを取り入れながら業界全体で両立しなきゃだめだよね。

石井:私もとても楽しかったです。私たちのサービスは、はんこの代わりというわけではありません。あくまでも電子が便利な部分については電子でやったほうがいいですよね、という考えなんです。書面で契約書を作成してはんこを押して郵送し、原本をとっておくという従来のやり方のほうが良いという人もいます。ケースによって、それはそれでいいと思います。

ーーデジタルとアナログ、異なる方法ではんこをつくっているお2人には共通の思いがあるんですね。

石井:伊藤さん、あの……最初にお話ししようと思っていたのですが、実は私も下町の出身なんです。子どもの頃、よく錦糸町の西武デパートに行ったりしていました。

伊藤:え、そうなの? まさに私はその錦糸町西武で職人展に出てたのよ!

石井:うちも職人の家で、父方も母方も祖父母世代はともに職人でした。子どもの頃から職人の仕事を見ていたので、ものづくりのすごさは自分の中にも確かに息づいていると思っています。

伊藤:それは嬉しいね。そうか、私とサシで話ができるなんて大したもんだと思っていたら、そういう共通点があったのね(笑)。

石井:伊藤さんとお話しして、小枝印鑑を見せていただいて、自分の個性を投影した“分身”としてのはんこがもっともっと広く普及するといいなと思いました。個人的にはデジタルの世界でもオリジナル製のある印影が多く利用されるようになったらいいなと。

伊藤:そうね。私もはんこの役割は広がっていると感じているね。先日も会社を退職した人が、最後に同僚にプレゼントをあげたいということで、オリジナルのはんこを依頼されて。1週間で16本も彫ったんだけど、すごく喜んでくださってました。

石井:いいですね。実はGMOサインのチームでも、小枝印鑑について「ぜひ自分も作りたい」とか、「自分ならどういうのをお願いしようか」とか、盛り上がってたんですよ。

伊藤:嬉しいね。似顔絵も彫れるから、かっこいい写真を持ってきてね(笑)。


撮影:長野竜成
取材+文:山田井ユウキ
編集:LIG

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