ヒト

コロナ禍に「サウナの混雑表示システム」を一晩で 元エンジニアの番頭が手掛ける「アジャイル銭湯」

「世の中のITエンジニアはエンジニアだらけのコミュニティにいることで、自分の技術がどれだけ他業界ではハイスペックなのか気づけていないと思うんです。もったいない」

そう話すのは、東京・大崎の銭湯「金春湯(こんぱるゆ)」の経営者、角屋文隆さん。9年間務めた大手メーカーのエンジニア職を辞め、1年前に実家の銭湯の経営者となった、業界には珍しい“エンジニアの番頭”さんです。

金春湯はもともと利用者のデータをまったくとっていませんでしたが、角屋さんは“金春湯専用システム”をイチから開発し、客層や混雑の時間帯を数値化。ほかにも公式サイトを改修したりWebショップを展開したりと、創業70年となる老舗の実家にIT革命をもたらしています。斜陽産業から抜け出しきれない業界のなかで、売上は1年で7割増える結果となりました。

「でも、自分が使った技術は新人研修で学べるレベルなんです」という角屋さん。エンジニア時代に得た何を、銭湯経営にどのように生かしているのか。そこには技術や知識だけでなく、“アジャイル”や“ナレッジ共有”といったエンジニアならではの思考法も現れていました。

※ 新型コロナウイルス感染症の拡大防止策として、会場は十分に換気し手指を消毒した上で、適度な距離をとってインタビューを実施しました。

銭湯では、エンドユーザーは裸。反応がダイレクトにわかる

——緊急事態宣言の自粛期間中に、金春湯のサウナ利用回数券とオリジナルTシャツをWebショップで買っちゃいました。

ありがとうございます(笑)

——個人的に週2は行くくらい銭湯が好きなんですが、金春湯は都内でも数少ない「エンジニアが番頭を務める、ITにめちゃくちゃ強い銭湯」のイメージです。角屋さんは前職では、具体的にどんな仕事をされていたんでしょうか?

大学新卒から9年間、大手の電子機器メーカーに勤めていました。最初の4、5年はプログラマーとして、電子機器に入っているソフトウェアの開発を。残りはいろんな開発プロジェクトを取りまとめるマネージャーをやっていました。

▲銭湯「金春湯」番頭、フリーランスエンジニアの角屋文隆さん

——学生時代からエンジニアの勉強をしていたんでしょうか?

いえ、大学では生物学を専攻していました。次第にその研究機器の方に興味が移っちゃって、そうした機械を作る会社に入りたくなり……いわゆるエンジニアっぽいことを始めたのは社会人になってからです。

——ゼロからエンジニアの勉強をするのは大変ですよね……?

同期でプログラミング未経験は私だけでした(笑)。だいぶやれることに差が付いていたので、仕事から帰ってきてから家でもプログラミングを勉強する生活を1年は続けていましたね。

——ソフトウェア開発というのはどんなものを?

3畳分くらいあるサイズの研究機器に内蔵されているものですね。4、5年かけて全体100人くらいで取り組む大きなプロジェクトで、機器の開発者やアプリのデザイナーなど、いろんな担当者と連携を取りながら、現場でプログラミングしていました。

——その後のプロジェクトマネージャーではどんなことを?

業務用カメラとかいろんな開発プロジェクトを、1つにつき1、2年くらいで取りまとめていました。各部署から担当者を引っ張ってきてチームを編成したり、計画書を作ったり、予算を組んだりといったものです。

——前半は裏方エンジニアとして専門的なことを、後半は計画の調整役という俯瞰的なことをやったわけですね。これだけやればなんでもできそう。

そうですね(笑)

▲大崎の銭湯「金春湯」エントランス

——学生時代に就職の選択肢として銭湯は頭になかったんでしょうか。

家業を継ぐ、継がないとかはまじめに考えたことがなかったんですよ。なんとなくサラリーマンになって、50歳くらいでアーリーリタイアして銭湯でもやるのかな、とぼんやり

——親から「金春湯4代目はお前だ」みたいなプレッシャーは……。

継げとは一度も言われたことありませんね(笑)。弟がいるので、どっちかがやるのかな、くらい。

——そこからどうして40歳を前に、金春湯を経営する流れに?

3年前の夏に母が足をけがして入院したので、一時期サラリーマンをしながら店を手伝ったんです。金春湯は両親と祖母3人のギリギリ体制で、1人欠けるだけでも営業が回らなくなってしまうので。

▲現在の金春湯のWebサイトは、銭湯の仕事を手伝いながら角屋さんが制作したもの

そのときの仕事が、楽しかったんですよね。エンジニアってエンドユーザーと顔を合わせる機会が少ないじゃないですか。自分の関わったプロダクトが、実際にどんな人にどう使われているのかわからない。でも銭湯はめちゃくちゃダイレクトにわかる

——なんなら裸ですからね。

会社帰りの方が疲れた顔でのれんをくぐって行ったのに、お風呂上がりは生き生きした表情で出てくるんです。これはいい仕事だなと、興味を持ち始めました。

さらに調べると、ここ数年はサウナの人気があがってきたり、若い世代に代替わりした銭湯が出てきたり、業界の潮流が変わってきていることを知ったんです。

一発チャンスがあるし、一緒にがんばっていく同世代がいるならやってみたい。子どももちょうど生まれ、できるだけ家に過ごす時間も増やしたくなったので、去年の7月末に会社をやめて銭湯経営者となりました。

1日のお客さんを数えない銭湯に、「金春湯専用システム」を導入

——銭湯経営に腰を据えてみて、エンジニア目線で気になったところはありましたか?

数字の面ですね。エンジニアって細かい数値を分析して改善につなげるといった、「データを取る」のが常識なんですが、金春湯は今日はお客さんが何人来たのかも数えていない状況だったんです。売上は帳簿に記録していたけど、「どの時間帯に何人、男女はそれぞれどれくらいか」を全く数えていない。「売上がこのくらいだからこれぐらい来たんだろうな」という調子で。

——経営においてデータは重要ですよね。エクセルとか導入したんでしょうか。

いえ、利用人数を記録するシステムを自分で作りました

——え、作った?

番台に置いてあるタブレットに、何時に何人来たかを入力するシステムです。時間帯の混雑具合はもちろん、曜日別や男女比、サウナの利用割合とかをデータで表示できます。金曜日の夜は男のお客さんが多い、みたいな。今までの平均とか統計も見れますよ。

▲収集したデータは、スマホからでも確認可能

——似たようなことができる経営ソフトはすでにいろいろありそうですが……。

飲食店向けとか美容院向けはありますけど、銭湯で使いやすそうなソフトはなかったので、自作するほうが早かったんです。うちとしても男女比とサウナ利用率は一番気にする数字で統計を取りたかったので。

——なんか本棚のDIYみたいなノリに聞こえますが、どれくらいで作れるものなんですか?

1週間弱でしたかね。技術的にはすごく簡単で、利用人数の表示くらいだったら、エンジニア職の新人研修で学べる程度の内容です

——思ったよりも早い。システムによってわかったことはありますか。

なんとなく男性の利用客が多いのはわかっていたんですが、数字でみると2倍以上の開きがあったのが衝撃でした。うちの親も驚いていましたね。毎日番台から見ていることも、数字にすると認識が変わります。ほかには日曜は一番多くて、金曜夜は混む。男性は金曜夜、女性は早い時間が多いとか。

▲休憩室の本棚。銭湯の本や漫画に混じって、よく見るとエンジニア向け技術書がちらほら

——可視化するって大きいですよね。

すごく大きい。今まで感覚でしかつかめていなかった部分が具体的になることで、対処法を考えられるようになるので。お客さんが増え続けていることもはっきりわかるので、経営のやる気にもつながっています。

女性のお客さんにはもっとアプローチしていきたいんですが、具体的な改善策はまだまだこれからです。アルバイトに女性の方が入ってくれたので、意見を拾いたいと考えています。

——あと新型コロナウイルス流行後は、公式サイトにサウナの混雑具合が表示されるようになりましたよね。

▲サウナの混雑状況を表示するシステムは、6月の公開以降も改善が行われている

はい。サウナは緊急事態宣言が出た4月頃に一旦休止したんですが、5月に再開するとき、安心して使ってもらえるよう入場人数を男女9人ずつまで制限したんです。

けれどもせっかく来たのに待ってもらうのは申し訳ないので、サイトに混雑状況を出せるようにしました。SNSでお客さんから「表示してくれ」という要望もありましたし。これを作ったら混雑の波はなくなって、平均的にお客さんが入るようになりました。

——サウナ好きからしてみれば、せっかく来たのに入れないときの絶望感ってすさまじいですからね。ちなみにこれも自作した“金春湯システム”を使ってですか?

ですね。システムを通してサイトに出るよう、一晩で改修しました。これも新人研修程度の技術でできます。おかげさまで、以前に比べて空いているときと混んでいるときの波がだいぶ無くなりましたね。

アジャイル開発、ナレッジ共有のマインドを、銭湯でも

——システムを自分のお店専用にアップデートできるのは、小回りが利いていいですね。

これは「アジャイル開発」にも近い考え方かもしれないですね。トヨタが自動車生産に取り入れた手法としても有名で、ソフトウェアなどを短い期間でアクションと振り返りを反復しながら開発、改善していく方式なんですけど。

この“走りながら改善していく”スタイルで仕事するエンジニアは多く、自分も会社員時代は割とやっていました。これは、銭湯みたいな小さい店舗の経営にも合っていると思うんです

まず、銭湯は結果がすぐ出る。利用者が数えられるくらいの規模なので、新しくやってみたことの影響が目に見えてわかります。思いついたら試して、計測して、何が良くて悪かったのか考えて、というサイクルをすごく回しやすいです。

——サウナの混雑状況アプリをパッと加えて、その結果がすぐに現れるのも、まさにアジャイル開発の手法ですね。

あとうちはSNSやWebサイト運用みたいなオンラインと並行して、オフラインでの活動も行っていて。たとえばこの休憩所で「エンジニア銭湯」とか「ライトニングトーク大会」とかいろんなイベントも開催しているんですが、宣伝の仕方は反省と改善を繰り返していますね。

▲金春湯にて開催されたイベント『エンジニア銭湯』の様子(提供:五反田計画)

前に、いつも30組くらい来てもらえている子ども向けイベントが、ある回で4組しか来てもらえなかったことがあったんですよ。原因を考えたところ、きっとこの時は広告の手を抜いてしまったからだろう。では次はFacebookで有料広告を打ってみよう、地域の掲示板にチラシを貼り出してみよう――という具合に、いろいろ試してきました。

——あと金春湯の動向で気になったのが、夏場に水風呂がぬるくならないために試したことをnoteでかなり細かく公表していましたよね? これが技術ブログというか、ナレッジ共有文化のあるエンジニアっぽいなと思いました。

▲角屋さんによるnote記事。水風呂の温度が上がってしまう原因を複数考察して、その解決にあたる様子が書かれている

ああー、そうかもしれません。会社員時代も、技術やノウハウは出し惜しみする人がいないというか、社内でのナレッジ共有は認知されていました。情報共有していると、わからないことを他の人が自然と教えてくれる、なんてことはざらにありましたね。

エンジニアの場合、隣のエンジニアは敵じゃないので。一緒に何かを作るのが目的ですから。

——そのマインドで行くと、角屋さんは金春湯だけでなく品川区の浴場組合のサイトや、近くの「中延温泉 松の湯」さんのサイトも作っていましたよね?

これも、頼まれたので副業として請け負ったものです。金春湯に僕も入って、家族4人で収入を分け合うとなるのも心苦しいので、フリーランスでエンジニアの仕事もやることは会社をやめる前から決めていたんですよね。一般企業さんからシェアリングサービスの開発とかも請け負ったりしています。

品川浴場組合のWeb サイトは、フリーランスエンジニアとして角屋さんが受託開発を行った

でも、お客さんからも「なんで競合のホームページを作ったの?」と言われるんですよ。銭湯でも隣の同業は敵ではなく、一緒に業界を盛り上げて行こうと思っていますね。これもナレッジ共有の考え方に似ているかもしれません。

「Webサイトを作れるのだって、世間に出たらすごいこと」

——銭湯に転職してから気づいた、エンジニアの特徴って他にありますか?

自分の持っているITのスキルを低く見積もりがちなところでしょうか。エンジニアって業界の閉じたコミュニティにいることが多い。周りもみんなITに詳しいし、ハイレベルな知識や技術をもっているエンジニア同士で競い合ってしまい、自分なんて大したことないと思ってしまいがちです。

でもいざ外に出てみれば、そんなことないんですよ。Webサイトを作れるのだって世間からすると普通じゃないんです。銭湯業界でも、エクセルで人数の統計を取るときに表計算の機能を使わず、セルの数値を見て手元の電卓で計算して、結果をまたエクセルに手打ちしているなんてケースを目の当たりにしましたから。

——紙の帳簿と大して変わらないじゃないですか!

エクセルのデータを印刷してFAXで送って、受取先もそれを再びエクセルに打ち込んでいるところ、世に出ればいっぱいあると思いますよ。エンジニアは想像以上に世の中で役に立つ知識を持っていることは、自覚していいかもしれません。

——最後に、ネット上で角屋さんが「エンジニアにはサウナがおすすめ」と発言していたのを目にしたんですが、どういったことでしょう?

いつも「サウナは頭のガベージコレクション」と言っているんですが(笑)。現代人は生活の中でアプリのプッシュ通知がいやでも入ってきます。特にエンジニアはいろんなツールに手を出すことで、人よりプッシュ通知だらけの人生を過しがちじゃないですか。

▲「サウナに7〜8分入ってから水風呂に1〜2分浸かり、7〜8分椅子に座って休憩。それを3回くらいくりかえす」が角屋さんおすすめのサウナの入り方、とのこと

銭湯にも言えることですが、サウナはそんなデバイスから一瞬でも逃げられる。施設によってはテレビも音楽もない、静かなサウナ室もあります。スマホから離れ、ゆっくり考え事をしたり、逆に何も考えなかったりする。そうした時間って現代ではけっこう貴重ですよね。自宅のお風呂でスマホを触ってしまう人も、強制的に離れられるわけですから。

そこでプッシュ通知だらけの生活で気づかないうちに頭にたまってしまったモヤモヤ、小さなゴミを、PCのガベージコレクション機能みたいに吐き出してきれいにしてくれる。機械のうるさい生活から断絶した空間として、サウナはすごくおすすめです。

角屋 文隆(かどや ふみたか)
フリーランスのITエンジニアであり、大崎の銭湯「金春湯」の経営者。2児の父。光学機器メーカーでITエンジニアとして約10年間勤務の後に2019年7月に退職、家業である金春湯を継ぐ。
金春湯:https://kom-pal.com/
東京都品川区大崎3-18-8

(取材・構成 黒木貴啓/ノオト 企画・編集・撮影 伊藤駿/ノオト)

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