ヒト

MADE IN JAPANの腕時計を1万円台から。腕時計メーカー「Knot」を作りあげた遠藤弘満が日本の時計作りに火を入れる

品質とデザインに優れたMADE IN JAPANの腕時計を、1万円台から購入できる。職人が丹精込めて製造した時計やストラップを気軽に手に取ってカスタマイズしながら、気に入ったものを選べる。

これまでの腕時計の常識を覆すようなコンセプトで人気を博している国産時計ブランドの「Knot(ノット)」。2015年3月4日に東京・吉祥寺にフラッグシップショップをオープンして以来、口コミで人気を博し、飛ぶ鳥を落とす勢いで売り上げを伸ばしています。

今回は、この時計を企画・販売する株式会社Knotの代表取締役である遠藤弘満さんを取材。彼が同ブランドを立ち上げるに至った経緯、そして日本のものづくりにかける想いなどを伺いました。

海外ブランド時計の輸入販売ビジネスで起こった“危機”。それをきっかけに、ビジネスモデルの大きな転換を迫られた

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20年近くも時計に関連したビジネスをしているという遠藤さん。元々は現在のような業務形態ではなく、海外ブランド時計の輸入販売をしていたそうです。

「様々な有名ブランドの時計を輸入しており、その中でも特に力を入れていたのがデンマークにあるスカーゲンというブランドでした」

輸入し始めたのは12~13年ほど前。当時はまだ、日本でスカーゲンの名はほとんど知られていなかったそうです。ビジネスは成功を収め、他の北欧ブランドも次々に取りあつかうようになりました。事業は順調に拡大していったといいます。

「その活動が評価され、2011年には日本のファッション業界で初めて、『デンマーク輸出協会賞』および『ヘンリック王配殿下名誉勲章』を受賞しました。栄誉のある賞をいただけて、本当に光栄だったことを覚えています」

しかしその翌年、局面は思いもよらない展開を迎えました。

「なんと、スカーゲン社が会社を売却してしまったのです。これにより、私が日本でスカーゲンの時計を販売する権利はなくなってしまいました。知らせを聞いたときは頭が真っ白になりましたね」

当時は、売上の70~80パーセントが同社の時計だったため、会社は危機的な状況に立たされたそう。これをきっかけに、遠藤さんはビジネスモデルの大きな転換を迫られたのです。

一度は挫折を経験した遠藤さん。彼は、「MADE IN JAPANの時計」に自社の運命を、そして日本の時計製造業の未来をかけた

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順風満帆だったビジネスの、ほぼ全てを失った遠藤さん。その状況下で到達したのは、「自社でMADE IN JAPANの時計を作ろう」という考えだったといいます。

「当時、私は既に40歳を超えていました。年齢を考えれば、ビジネスにおいて大きな方向転換をするのはこのタイミングが最後でしょう。もう一度自分の全エネルギーを注いでビジネスをするのならば、他社の時計ブランドを販売するのではなく、自分が誇りを持って提供できるような時計ブランドを自社で作りたかったのです。

加えて、MADE IN JAPANの時計を販売することで時計製造業に新しい風を吹きこみたいと考えました」

日本では約1世紀もの間、大手の3~4社ほどしか新しい時計メーカーが現れず、業界全体の成長が鈍化していたといいます。加えて、製造工程は中国などの海外工場に発注されるケースが多くなったため、日本の工場や職人の数は減少し、製造技術が失われつつありました。

「自社のビジネスだけではなく、衰退してしまった日本の時計製造業も一緒に再生させる」

遠藤さんはこう決心し、止まっていた時計のゼンマイをもう一度巻き始めたのです。

試行錯誤をくり返しながら、工場や職人と共に成長。その中で見えてきた、ものづくりに携わる人が持つべき姿勢

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▲時計、ストラップをユーザーが自由に組み合わせ、自分だけの腕時計を作れるのがKnotの特徴だ。時計本体はもちろん、ストラップもMADE IN JAPANにこだわる。が、国内で製造体制を整えるための過程には数多くの困難があったという。

しかし、その状況下で信頼できる工場を探すことは、大変な困難さを伴う作業でした。

「最初の頃には、時計製造の実績がある数少ない国内工場に声をかけても、ほとんど門前払いされていました。それらの工場は、既存の取引先との仕事でいっぱいで。そのため、実績のある所を諦めて、未経験の工場と二人三脚でスタートすることにしました。

例えば、腰のベルトを作っていた工場に技術指導をして時計のストラップ製作を依頼したり、10年以上も前に時計の製造をやめてしまった工場にもう一度作ってくださいと話したり。イチから一緒にやっていきましょうと、何度も何度もお願いして回りましたね」

しかし、その道のりは常に試行錯誤の連続だったといいます。

「仮に、他の皮革製品を作るのは一流の工場だとしても、時計のストラップを作ってみたら上手くいかないというのはよくあることです。両製品は使用されるミシンも、接着剤も、何もかも異なっていますから。だからこそ、取引先の工場はとても良い職人が揃っていたにも関わらず、なかなか満足のいく出来にならないことも過去にはありました」

その状況が2~3年も続き、何度も大変な思いをしたという遠藤さん。しかし、辛抱強く工場や職人にフィードバックを返しながら改善し続け、少しずつ現在の製造体制を作りあげてきました。

そして、数多くの取引をくり返すうちに、ものづくりに携わる人たちが成長し続け、生き残っていくためには、自分たちのスキルを継続的にアップデートしようとする姿勢が重要だと気づいたそうです。

「ほとんどの方は、本当に一生懸命ものづくりをしています。しかし、これまで取引をした工場の中には、設備機器の導入や最新技術の習得がちょっと遅れているな、と感じるような所もありました。

日本国内には、何十年も大手の取引先と仕事をしてきたのに、ある日突然、海外に仕事を取られてしまった工場が数多くあります。その中には、ひたむきにやってきたけれど、価格を理由にそうなったケースもあったでしょう。けれど、継続的な努力を怠ってしまったために、仕事が思うように来なくなったケースもあったのではないかと思うのです。

上手くいっているときこそ、自分たちの課題を見つけて改善し続ける。その姿勢がやはり何よりも大切なのでしょう」

MADE IN JAPANを世界ブランドに。そして継続可能な時計製造業プラットフォームの構築を

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▲金属加工、レザークラフト、組紐など、日本各地の優れたクラフトマンシップを集結し、腕時計へ収斂させる「MUSUBUプロジェクト」をKnotは推進している。まさにMADE IN JAPANのプラットフォームだ。画像はKnot公式サイトより。

これから実現していきたいことを質問すると、遠藤さんは真っ直ぐな眼差しでこう答えてくださいました。

「いくつかありますが、まずは海外展開ですね。とにかく日本の腕時計をしてくれる人を世界中に増やしていきたい。

加えて、日本の時計製造業復活のために10年、20年後まで続くプラットフォームを作っていきたいと考えています。そのためには、MADE IN JAPAN製品がきちんと売れる仕組みを考えなければいけません」

多くの消費者は日本製品に対して「品質は良いが値段が高い」というイメージを抱いています。ですが、流通の無駄を徹底的に省くことで、国産でも低価格は実現できると、遠藤さんは語ります。

「通常は、商社やメーカー、ブランドホルダーなどが中間流通として入ってくるため、その分の経費が商品価格に上乗せされます。ですが私たちは、契約した日本国内の工場から直接仕入れているためそれらの経費がなく、コストを圧倒的に下げることができているのです。

こうした方法を採用することで、MADE IN JAPANの時計であっても充分に安い価格で販売でき、製造者にも適正なお金が支払われる仕組みを作っていきたいですね」

社名にちなみ、遠藤さんは同社が描く未来をこう総括しました。

「『Knot』という単語は、『結ぶ』とか『絆』という意味です。私たちが、日本の優秀な工場や職人と、お客さんとを繋ぐ役割になれたらいいなと思っています」

困難に立ち向かう“覚悟”が、時計の針を未来へと進める

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事業において一度は挫折を経験した遠藤さん。ですが、ものづくりへの飽くなき想い。そして時計へ向ける深い愛情をエネルギー源に、彼は国内有数のMADE IN JAPAN時計ブランドを作りあげるまでに至りました。その華やかな成功の裏には、泥臭いほどの不断の努力があったのです。

大きなプロジェクトを成しとげるとき、そこには必ず苦労や困難が立ちはだかります。それを乗り越えるためには、どんなことがあっても自身の信念を曲げない“覚悟”が必要です。ものづくりを担うエンジニアの仕事においてもそれは同じ。

その覚悟を決めたとき、時計の針は未来へ向けて進み始めるのでしょう。

取材協力:株式会社Knot

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