松原仁教授、質問です。小説を書くAIは、人間を超えられるのでしょうか?

ショートショート(掌編小説)の新人賞である、星新一賞。その応募規定の中に、思わずニヤリとしてしまいそうな一文があります。

「人間以外(人工知能等)の応募作品も受付けます。ただしその場合は、連絡可能な保護者、もしくは代理人を立ててください」
(「星新一賞 応募規定」より引用)

これまでならば、「さすがに冗談だよな」と笑い話になっていたであろう、この応募規定。ですが、2016年3月。ついに「人工知能(以下、AI)が書いた小説が、星新一賞の一次審査を通過した」というニュースが世間を賑わせました。

この偉業を成しとげたのは、小説を書くAIを開発するプロジェクト「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」のメンバーたち。そして、それを牽引するのは日本屈指のAI研究者である松原仁教授(公立はこだて未来大学)です。

黎明期からプロジェクトを支えてきた松原教授に、小説を書くAIが“作家”として成長してきた道のりと、創造しようとしている“未来の小説”の在り方について聞きました。

「せっかく星新一賞をつくるなら、AIがつくった作品が応募されると面白いね」

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そもそも、松原教授は何をきっかけとして小説を書くAIの研究に着手したのでしょうか。そのルーツは、『パラサイト・イヴ』などを手掛けたSF作家・瀬名秀明さんとの交友にあるのだといいます。

「瀬名さんが、一時期ロボットをテーマにした小説をたくさん書いていて、取材として僕のところに来たことがあったんです。それを機に親しくなって、たまに飲む仲になりました」

その瀬名さんに対し、ある人物が「星新一の名前を冠したショートショートの文学賞をつくりたい」という話を切り出します。その人こそ、星新一さんの次女である星マリナさんです。

「彼女が瀬名さんに文学賞の話をしたら、巡りめぐって僕のところにも来て、『今までにないタイプの文学賞になったらいいね』と盛り上がりました。それで僕を含めて、何人も相談に乗って。

そのときに、『せっかく星新一賞をつくるなら、AIがつくった作品が応募されると面白いね』という話になったんです」

そう。実は星新一賞の立ち上げにも、松原教授は携わっていました。応募規定にあった「人間以外(人工知能等)の応募作品も受付けます」というフレーズは、このときのアイデアが反映されていたのですね。そして、この出来事こそ、小説を書くAIの開発プロジェクトがスタートするきっかけとなりました。

「瀬名さんが、『松原さん、小説を書くAIの研究をやってみればいいじゃない』と言ってきたんですよ。いやいや、難しいよと返事をしたんですけど(笑)。

でも、当時の僕が研究していたのはコンピュータ将棋だったんですが、『もうそろそろ、コンピュータは人間のプロに追いつくだろうな』というのはわかっていました。だから、何か別の分野を研究したいなと思っていて。新しい研究テーマとして、小説を書くAIはピッタリだなと感じたんです」

また、さまざまな好条件が揃っていたことも、松原教授の研究を後押ししてくれたといいます。

「星マリナさんが、『星新一の原稿データを、全て研究に使っていいですよ』と言ってくれたんです。これが本当に心強かった。研究をする上では、データはたくさんあった方がいいですから。

それに、いきなり長編の作品をコンピュータにつくらせるというのは、いくらなんでも無謀。まずは短い作品からつくるのが妥当ですよね。だからこそ、ショートショートという形式はすごくマッチしていました。それから……」

もう1つの理由を、松原教授は実に生き生きとした表情で、こう語ってくれました。

「僕は、もともと星新一さんの大ファンなんです。文庫になったほとんどの作品を読んでいます。研究者って誰しもそうなんですけど、やっぱり好きなことを研究テーマにしたいんですよね」

研究開始時の記者会見までも、“星新一テイスト”だった

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▲かくして、ショートショートの新人賞である星新一賞は誕生した。今では、「一般部門」「学生部門」「ジュニア部門」の3部門を合計して、数千作もの応募が集まるほどの人気文学賞となっている。画像は星新一賞公式サイト(http://hoshiaward.nikkei.co.jp/)より。

その後、松原教授はAIや自然言語処理の研究者たちを集め、「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」を立ち上げます。そしてプロジェクトを立ち上げるにあたり、異例とも言える“研究開始を宣言するための記者会見”を行いました。

「普通、研究をスタートした時点では記者会見なんてやらないです。だって、成功するか失敗するかもわからないじゃないですか。でも、星マリナさんなんかが『これ、面白いし話題になるから、記者会見をしましょうよ』と言ってきて。そしたら瀬名さんも乗ってきて『それ面白い。僕も付き合うから!』とか言って(笑)。記者会見をすることになりました」

当時、公立はこだて未来大学のサテライトオフィスは秋葉原にあったため、その部屋を記者会見会場としたのだそう。そして、瀬名さんと星マリナさんが出版・新聞関係者を集め、プロジェクトの詳細は大々的に発表されました。実は、その発表の仕方も“星新一テイスト”だったのだといいます。

「僕と瀬名さんが登壇したんですけど、2人とも白衣を着ていたんです。なぜかというと、星新一さんの小説って、博士は必ず白衣を着ているから(笑)。AIの研究って手や体を汚さないから白衣なんて着なくてもいいんですが、せっかくだから凝ったことをしたかったんですね。

それから、星さんの小説って瀬名とか松原といった固有名詞じゃなく、NとかMといったようにアルファベットで人名を表記するんです。だから会見中に、僕は瀬名さんのことをS博士と呼んで、瀬名さんは僕のことをM教授と呼んで(笑)。

途中からだんだんと記者の人も乗ってくれて、『M教授に伺いますが~』なんて言ってくれました。そのユニークな記者会見が、全てのスタートでしたね」

その記者会見の開催日は、2012年の9月6日。実はこの日こそ、「ホシヅルの日」と呼ばれる星新一さんの誕生日だったそうです。

世界中のSF好きに、夢とロマンを与えた星さん。その想いを継いだ「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」は、彼と同じ誕生日に産声を上げたのです。

AIに、「面白さ」をどう教育する?

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▲「ホシヅル」という名称は、星新一さんが酒場でサインを頼まれたときに描いたイラストに由来している。「これは鶴だ」と言ってさまざまな場所で描いているうちに、いつしかこのキャラクターが「ホシヅル」と呼ばれるようになったのだとか。

そうしてプロジェクトの立ち上げから数年が経ち、いよいよ冒頭でも述べた「星新一賞の一次審査を通過」という偉業を成しとげます。AIがこのレベルに到達できた要因は、どのようなところにあったのでしょうか。

「1行くらいの短い文章をAIが生成するのは、数年前から多くの企業や研究者が実現していますが、論理的整合性の取れた長い文章を生成することは不可能でした。

けれど、プロジェクトメンバーの1人である佐藤理史教授(名古屋大学)が、既存の自然言語解析技術の組みあわせ方を工夫することで、世界で初めてそれを実現したんです。そのイノベーションがあったことで、日本語として意味の通るショートショートを生成できるようになりました」

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▲一次審査を通過したショートショートは、「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」の「成果」ページに置かれており、自由に閲覧可能。作品のタイトルが「コンピュータが小説を書く日」「私の仕事は」なのは、なんだかユーモアが効いている。

しかし、実はまだまだ小説の執筆を人間が手助けしている部分も多く、解決すべき課題はたくさんあるといいます。

「小説を書くAIを実現するには、大きく分けて2つの機能を持たせる必要があります。それは、『ストーリーを考える機能』と『文章を書く機能』です。一次審査を通過したAIでは、前者の作業を人間によって行っていました。つまり、本当の意味ではまだまだ小説を書けるようになったとは言えないわけです」

その課題を解決すべく、プロジェクトメンバーはさまざまな手法を用いてストーリーを自動生成する試みを続けているのだそう。その手法の1つとして「人狼知能プロジェクト(※)」の研究データを活用していると、松原教授は続けます。

※人狼知能プロジェクト…ゲーム「汝は人狼なりや?(人狼)」を、エージェントプログラム同士で対戦できる環境を提供することで、人工知能の課題への挑戦を行うプロジェクトのこと。

「人工知能同士で人狼ゲームをプレイすると、ゲームの内容に応じて“ストーリー”が出来上がるわけです。つまり、その結果をインプットとして文章を生成してやれば、『ストーリーを考える機能』と『文章を書く機能』の両方をAIが担ったと言えます。

けれど、その手法によって生成されたストーリーは、淡々として起承転結に乏しい内容になってしまうという課題を抱えています。それをどうやって面白いストーリーに変えていくかが、今後の研究テーマ。これを実現するには、『面白いとは、そもそもどういうことなのか?』という命題について、真剣に考えていかなければならないでしょうね」

追い越すのではなく、共存する

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AIが今後も進歩し続けた場合、「人間の作家の仕事がなくなる」ことはあり得るのでしょうか。そんな素朴な疑問を、松原教授にぶつけてみました。

「AIが進歩して小説を書けるようになったとしたら、人間の作家は『人間が書くべき小説』を書き、AIの作家は『人間の作家が書かないような小説』を書けばいいと思うんです。

それによって、読者が楽しめる作品の幅は広がるわけじゃないですか。そんな世界を目指したいですよね。それこそがあるべき姿で、人間の作家と戦ってコンピュータが上に立つという発想をすべきではないと考えています。やっぱり、人間にしか書けない小説ってあると思うんです。たとえ、どれだけAIが進歩したとしてもね」

さらに、「人間とAIが協力し合って作品をつくる」という未来もあり得ると、松原教授は続けます。

「これまでは、『ストーリーを考えるのも、文章を書くのも上手でなければ作家にはなれない』というのが当たり前でした。

でも、ストーリーをAIに考えてもらって文章を人間が書くとか、もしくはその逆のパターンが出てくることで、今までになかったような新しい小説や作家の形が出てきてもいい。それこそ、小説を書くAIを開発することの意義ではないでしょうか」

人間とAIが共存し、今までになかったような表現形式を生み出す。AIの研究に尽力し続け、その歴史をつくり上げてきた松原教授は、そんな未来を思い描いていました。

最後に、ふと感じた疑問を彼に問うてみます。その疑問とは、「松原教授が研究を始めたばかりの若い頃、AIはいつか小説のようなクリエイティブ領域を担うと想像していましたか?」というもの。松原教授は少し間をおいて、こう答えてくれました。

「僕はもともと、鉄腕アトムをつくりたくてAIの研究者になったんです。だから、理想とするAIはクリエイティブなこともできてほしいとは思っていました。けれど正直なところ、僕が現役でいるうちに、その領域に進出するとは想像していなかったですね。

そういう意味では、現実の世界が空想を追い越したと言えるかもしれません。もちろん、そうでない部分もたくさんあって、まだまだ課題は山積みなんですけれどね」

そう言いながらも、松原教授はどこか嬉しそうに微笑んでいました。

取材協力:公立はこだて未来大学

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