指揮者だけを続けていたら、プロにはなれていなかったかもしれない──コードタクト 後藤正樹氏

撮影:Yutaka NAKAMURA

「就職したらやりたいことは続けられない」

「就職するか、バイトをしながらやりたいことを続けるか、どちらを選ぶのがいいのだろうか」

就活を控える学生のなかには、こんな考えを巡らせている人も少なからずいるのではないでしょうか。

今回、お話を伺った後藤正樹氏は株式会社コードタクトの代表取締役を務めながら、プロのオーケストラ指揮者として活躍しています。

そんな後藤さんに、複業のメリットや「やりたいこと」ではすぐに稼げないときの就職先の選び方をお聞きしました。

指揮に関しては得意だと思えていた

──株式会社コードタクトの代表取締役を務めながら、プロのオーケストラの指揮者としてもご活動されていると伺いました。どのくらいのペースで働いているのでしょうか?

平日の8時30分から21時まで会社の仕事をやっていて、その前後の時間と、土日に音楽の仕事を入れています。

──お休みはあまり取らないのでしょうか?

コードタクト以外にも、株式会社スタディラボの取締役や早稲田大学 教育学研究科 博士後期課程にも通っているので、なにもしないという意味での休日はないですね。

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▲後藤正樹氏。東京大学大学院総合文化研究科、洗足学園大学指揮研究所を卒業。大学院在学中より代々木ゼミナール物理科講師やNPO法人FTEXTにおいて検定外数学教科書の開発に参加し、その後サイボウズ、ベストティーチャー、総務省先導的教育システム実証事業プロジェクトマネージャーを経て、現在、株式会社コードタクト代表取締役、株式会社スタディラボ取締役、日本デジタル教科書学会の役員などを務める。慶應義塾大学特任招聘教授 夏野剛氏のもと、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)「未踏IT人材発掘・育成事業」において未踏スーパークリエータに認定、日本e-Learning大賞奨励賞。一方、オーケストラ指揮者としても活動しており、琉球フィルハーモニックオーケストラ指揮者、那覇ジュニアオーケストラ指揮者、アレグレット交響楽団常任指揮者などを務める。

──指揮に興味を持ったきっかけを教えてください。

小学生のころからピアノをやっていて、小、中学校と合唱コンクールでピアノの伴奏を弾かされていたんです。高校では先輩に誘われて、合唱部に入りました。そこで、指揮者をやることになりました。

──そこから指揮の魅力を知っていったのでしょうか?

こんなこと言うと嫌な奴に思われるかもしれないですが、圧倒的に指揮の才能があったんです。

──そうなんですか(笑)。

高校の部活ではOBの寄付のおかげで、プロの指揮者のレッスンを受けられたんです。その際に一緒に受けた部員と比べた時の成長度が違うと感じていました。他のことは人並みにしかできないんですが、指揮に関しては、先生からも褒められていましたし、自分も得意だと思えていました。

プログラムを書くのではなく、使うことによって何が作られるのかに興味がある

──得意と思えている指揮者の道を選ばず、大学・大学院と物理学科に進学されたのはどうしてでしょうか?

指揮が得意だとしても、それで生活できるかは全く別の話です。プロの指揮者になるには指揮ができるだけじゃダメなんです。さまざまな種類の楽器が弾けるとか、ピアノだけは抜群にうまいとか。私には指揮以外に秀でているものがなかったので、大学進学の頃には指揮者の道を半ば諦めていました。

では、なにをしようかと思ったときに物理を学んでみたいと思えた。高校の物理の先生の教え方がうまかったこともあって、好きだったんです。物理は抽象的な学問で、何事にも応用性が高い。学んでおけば後々どんなことにでも応用が効くのではないかと考えていました。

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──大学院卒業後は、就職する際に、エンジニアという職種を選択したのはどうしてでしょうか?

大学院の研究室にいる人が「未踏」*のクリエータばかりだったんです。先輩だと、スマートニュースの代表取締役をやっている鈴木健さんがいました。そこでITの可能性に感化されて、 ITに関連する仕事をやりたいと思いはじめました。

*突出したIT人材の発掘と育成を目的として、ITを活用して世の中を変えていくような日本の天才的なクリエーターを発掘し育てるための事業。

ITの魅力って情報を瞬時につなげられることだと思うんです。たとえば本だったら印刷して飛行機に乗せて、書店に運んでやっと読者の前に置かれる。それを一瞬でできるのがITの特徴じゃないでしょうか。

またIT業界にはオープンソースという文化があります。Wikipediaのように様々な人の知恵を集めて大きいもの作ることができる。情報を積極的に共有して、新しいものを作っていくという考え方が素晴らしいなと思いましたし、憧れを持っていました。そこからプログラミングに興味を持ちはじめて、エンジニア職での就職を決めました。

──後藤さんが思うプログラミングの魅力はなんでしょうか?

アイデアをすぐ実現しやすいところです。僕自身はプログラミング言語の仕様や、コードを書くこと自体にそこまで興味はありません。それよりもプログラミングを使うことによってなにが作られるか、書いた先にあるものに興味があります。

──プログラミングと指揮の似ているところはありますでしょうか?

強いて似ているところを挙げるならば、プログラミングも指揮も創造するものだということです。

──作り手として創造することが必要ということですか?

プログラミングって決められたことをただ書くという認識をされている方も多いですが、プログラムを書くことにもアートな部分があります。

たとえば、ある問題を解決するためにプログラムを書くわけですが、コードの書き方は人によって違います。また美しいコードが何かという基準も変わってくる。それは指揮も一緒で、楽譜があったときに、どう演奏するかの考え方は、指揮者によっても違いますし、何が美しい音楽かということも違う。

そういった人それぞれの美意識があって何か形作るという点では、共通するのではないでしょうか。

「未踏」のクリエータではなかったら、プロの指揮者になれていなかったかもしれない

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撮影:Yutaka NAKAMURA

──プロの指揮者をはじめるきっかけはなんだったのでしょうか?

大学進学時には指揮者の道を半ば諦めていたと言いましたが、大学院を卒業してから、音大に通ったり、働きながら指揮のレッスンには通っていたんです(笑)。

2012年に沖縄で琉球フィルハーモニックオーケストラというプロオーケストラを立ち上げる動きがありました。そこは、普通の指揮者を呼ぶのではなく、尖った人材を探していた。そこで「未踏」のクリエータでありながらも指揮ができる僕に声が掛かりました。

もし、「未踏」のクリエータではなかったら、プロの指揮者としての仕事ははじまっていなかったかもしれません。

──仕事とプロの指揮者を複業していくことのメリットを伺えますか?

現状でメリットって言うと、こういう風に取材されるとかじゃないですか?(笑)。

あとは会社の社長もやっていてプロの指揮者でもあると珍しいから覚えてもらいやすいです。 また取材されて発信してもらえることによって、僕の考えに共感して人が会社に集まってきてくれる。

正直、これからメリットを作っていきたいと思っています。僕はITと音楽と教育を繋げることをしていきたい。それらを繋げて、子供たち向けの演奏会の新しい形を作っていきたい。そういったことを実現していく上で、指揮者であり、経営者であるのはメリットになってくるのかもしれません。

──複業する際に気をつけていることはありますでしょうか?

音楽一本でやっている人に比べると割ける時間が少ないので、タスクの効率化は心掛けています。考えるべきなにかがあるときは、同じ内容を考えないように、一回で考えきる。

時間があった頃はベートヴェンの交響曲の楽譜を見ながら、同じ箇所のことを何日も考えられたのですが、それだときりがない。今では、その日に終わらせなければいけないタスクをはっきりさせて、確実にやりきるようにしています。

やりたいことにおけるニッチな場所を考えて、仕事を選ぶ

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──やりたいことが、すぐには稼げず食べていけないものだったときに、どんな仕事を選ぶのがいいのでしょうか?

やりたいこととなるべく離れたものをやるのがいいと思います。離れているほどメリットが大きくなる。僕の場合はITが得意な指揮者が少なかったことでプロの指揮者として演奏する機会を得られた。

指揮者といってもいろいろなジャンルがあります。合唱だけを専門とする指揮者もいれば、オーケストラだけを専門とする人や吹奏楽だけの人もいる。僕が得意な領域はITと、ゲーム音楽で、そこはニッチな場所だった。

なので、やりたいことにおけるニッチな場所を考えて、仕事を選んでみるのはいいかもしれません。

また稼ぐ先を増やすことが大事だと思います。生活を支えるための場所がひとつしかないと、その場所との関係が切れるのが怖くて先に進めにくかったりします。稼ぐ先を増やしてどう転んでも生きていけるっていう状況を作ることは重要です。

協力:株式会社コードタクト

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