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コラム

2018.06.08

人材育成でサイバー大国になったイスラエル

地中海に面する中東の国、イスラエル。

日本の四国ほどの面積に868万人が暮らす小さな国のイスラエルは、「サイバー大国」として呼び名が高い。詳しいことはよくわからないがイスラエルがサイバー能力に優れているというのはよく耳にする、という人も多いのではないだろうか。事実、サイバーセキュリティやサイバー安全保障の世界でイスラエルは世界から一目置かれている。

イスラエルがサイバー大国と言われるまでになった理由は、イスラエルという国が直面してきた「脅威」が背景にある。

イスラエルという国家

イスラエルが独立したのは、1948年のこと。以後、周辺のアラブ諸国(アラブ系民族が多く暮らすイスラム教国)と4度も戦争している。原因はユダヤ教国家であるイスラエルと、イスラム教国家であるアラブ諸国の対立で、その溝は現代にいたっても埋まる気配はない。

またイスラエルには3大宗教(イスラム教、キリスト教、ユダヤ教)の聖地であるエルサレムがあり、その帰属をめぐって、すぐ隣にあるアラブ系住民が多く暮らすパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区とガザ地区)とも敵対している。特にガザ地区を拠点にするイスラム原理主義組織ハマスとは、何度も軍事的に衝突してきた。

さらに言うと、少し東に離れたところに位置するイスラム教シーア派国家であるイランとも、まさに犬猿の仲。イランが「地図から抹消だ」と言えば、「空爆するぞ」とイスラエルが返し、常にお互いを牽制し合っている。

こう見るとわかる通り、とにかくイスラエルは常に危険と隣り合わせの状態にある。そんな現実から、イスラエルは早い段階から自国を守るための軍事力に力を入れ、独自のシステムを確立してきた。そして今では、世界有数のIT・サイバー先進国になっているのである。

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モダンなビルが立ち並ぶ、”事実上の首都”テルアビブの街並み

徴兵制度と人材育成のエコシステム

では、イスラエル独特のシステムというのは一体どういうものなのか。

イスラエル独自のシステムには、その柱に「徴兵制度」がある。イスラエルでは18歳になると、男性は3年間、女性は2年間、兵役する必要がある(ただし国民の75%を占めるユダヤ系住民に限る)。そして入隊に際して、軍部は18歳のすべてのユダヤ系国民を精査し、科学やエンジニア部門で秀でた人材は青田買いをする。そうした若者たちは、徴兵よりも前に大学などに送られることもあり、学費なども軍が負担する十分な支援体制の中で鍛えられていく。

またそれ以外の若者たちも軍に入り、イスラエル軍が誇るさまざまな先端テクノロジーに触れる。衛星技術やドローン(無人戦闘機)、さらにサイバー戦などで使われる最新鋭の軍事テクノロジーを学ぶのである。世界中で同世代の若者がパーティや合コンをしている間に、敵対国に囲まれた過酷な環境のなかで、彼らは先端技術を手に、生きるか死ぬかの経験をするのだ。

兵役を終えた後は大学に入るなどして、それぞれが得意な分野で活躍していく。軍での経験を生かして、サイバーセキュリティ、情報テクノロジー、IT系などの企業で働いたり、スタートアップ企業を立ち上げる人も多い。政府が力を入れているそのような分野では、国からの金銭的な支援も受けられるシステムが出来上がっている。

イスラエルで外務省に努めるイスラエル人の知人は、若者は軍隊での経験から「組織でのリーダーシップやチームワークなどを学ぶことができるので、兵役を終えたら立派な社会人になっているんだよ」と語っていた。またイスラエルが中東で置かれた危うい立ち位置を身をもって実感することで、国がどこに向かうべきなのかも真剣に考えるようになる人が多いという。

こうした人材育成の一連の流れが、「エコシステム」として回っており、国の支援が相まって、「サイバー大国」イスラエルを支えている。

イスラエルのサイバー関連企業は世界的にも存在感が高く、輸出額も2016年に65億ドルほどを記録。イスラエル企業は世界全体のサイバー関連向けの民間投資の約20%を占めているという。

ただサイバー大国と言われるようになるまでの道のりは平坦ではなかった。サイバー部門におけるイスラエルのこれまでの軌跡を知るには、1967年にまで遡らなければならない。

ファイアウォールなどに代表されるネットワークセキュリティの製品で有名なチェックポイント(左)、ラドウェア(右)といった企業もイスラエルに本社を置く
By Gilabrand [CC BY-SA 3.0], By Biosketch [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

第3次中東戦争

イスラエルにとっての大きな転機は、アラブ諸国との3度目の戦争が勃発した1967年の「第3次中東戦争」だ。この戦争は6日間続いたこともあって、「6日間戦争」とも呼ばれている。

もともとイスラエルには天然資源がない。そこで建国後から、技術部門などに焦点を置き、防衛技術につながるような研究・開発(R&D)も重視してきた。そんな中で、イスラエル対エジプト・シリア・ ヨルダンなどアラブ諸国の間で「6日間戦争」が起きた。

この戦争では、イスラエルにとって大変な事態が発生した。それまでイスラエルが武器調達で頼っていたフランスがアラブ諸国側に付き、イスラエルへの禁輸措置を取ることになったのである。これにより、イスラエルは他国への依存度を減らし、自国で何とか生き延びる必然性に迫られた。

ただ結果的には、歴史を長い目で見ると、これが好機となったと言えるかもしれない。というのも、これ以降、テクノロジー分野や防衛分野で産業などが成長することになったからだ。

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パレスチナをはじめとする、イスラエルの周辺国

サイバー大国の誕生

イスラエルがサイバーセキュリティの分野で研究・開発に本格的に乗り出したのは1980年代のことだった。そして90年代はじめにはすでに、サイバー攻撃のための"兵器"の開発に乗り出していたと、元政府高官は以前、著者の取材に答えている。

その後はアラブ諸国側やそのシンパから、サイバー攻撃の標的になるようになった。2000年に敵対するパレスチナとの激しい紛争(第2次インティファーダ)が勃発した時には、サイバー空間でも「サイバー・インティファーダ」が発生し、イスラエルはパレスチナ側から激しいDDos攻撃を受けている。

そうした状況にイスラエルは危機感を抱き、政府でも検討が繰り返されてきた。そして、イスラエルの開発していた攻撃型のサイバー兵器というものがイスラエルの置かれた状況では役に立たないことが多いと気がつく。というのは、敵対国があまりにもデジタル化されておらず、攻撃できるほど敵国のインターネットなどのインフラが整っていないからだった。

そこからイスラエルは防御や攻撃も含めて「サイバーテクノロジー」という括りでサイバー部門の開発を推進していくことになるのである。そして既に述べたような徴兵制からのイスラエルのエコシステムが作り上げられていった。イスラエルでは少し前から、すべてのサイバー部隊をまとめて包括的なサイバー軍のようなものを作る計画があったのだが、最近その計画を止め、これまで通り、情報工作やサイバー攻撃は世界的にも有名なイスラエル軍の「8200部隊」が行い、防衛はイスラエル軍の「コンピューターサービス部(C4I)」が担うことになると報じられている。

イスラエルといえば、サイバーセキュリティの世界ではよく知られている「スタックスネット」をアメリカと共に開発したと言われている。スタックスネットとは、2009年にイランの核燃料施設の一部がサイバー攻撃で破壊され、イランの核開発が妨害された事件だ。これに協力したのがイスラエルの「8200部隊」だった。

イラン・ナタンズの核燃料施設を襲ったマルウェア”STUXNET”、写真はその標的となったシーメンス製のPLC(プログラマブルロジックコントローラー)
By Ulli1105 [CC BY-SA 2.5], via Wikimedia Commons

また最近、イスラエル政府は隣国シリアが建設を進めていた核施設を2007年に破壊していることを公式に認めた。実はこの攻撃でも、イスラエルはシリアが導入していたロシア製の防空レーダーにサイバー攻撃で侵入して無効化したと言われている。

こうした攻撃に加え、まだ公表されていない攻撃も行なっていると考えていい。こうした攻撃も実施しながら、周辺国からの攻撃に対する防御に力を入れてきたイスラエルは、今、世界でも有数のサイバー大国になった。

日本ともサイバー分野で協力関係を築いているイスラエルが、今後どのように進化していくのか注目される。

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