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コラム

2018.04.18

カジノハッキング ~映画「ラスベガスをぶっつぶせ」に学ぶ一攫千金の公算 3/3~

映画「ラスベガスをぶっつぶせ」は、授業料と生活費に困った大学生が、数学理論にたけた学生たちとチームを作り、ラスベガスに乗り込み、カードゲームのブラックジャックで大金をつかもうとする痛快な物語だ。この話はほぼ実話であるということに驚かされる。

そしてここ日本においても、2016年末の統合型リゾート整備推進法案(IR法)の可決に伴い、統合型カジノが出来た暁にはブラックジャックでいざ一攫千金と、この映画に刺激をされた方もいるかもしれない。しかし夢を見るのは映画の中だけにしておいた方がいい。なぜなら、カジノは必ず負けるようにできているからだ。

ラスベガスをぶっつぶせ

『ラスベガスをぶっつぶせ』 ©2008 COLOMBIA PICTURES INDUSTRIES,INC.ALL RIGHTS RESERVED.

前回2/3からの続き

1.ブラックジャックとカードカウンティング

カジノハッカーたちが狙っているもう一つのゲームがブラックジャックだ。数枚のカードを使って、合計数を21に近づけることを競うゲームだ。22以上になってしまうとバースト(ドボン)となって負けてしまう。ブラックジャックは、シャッフルしたカードを使ってプレイをし、次のゲームは残りのカードを使ってプレイをする。そのため、残りのカードに偏りがあれば、プレイヤーに有利な状況が生まれることがある。この時だけプレイをすることができれば、勝率を50%よりもわずかに高くすることができる。ブラックジャックは、勝率を50%以上に上げることができる唯一のカジノゲームだと言われている。この残りのカードの状況を踏まえながらプレイをするのが、カードカウンティング(カードを数える技術)と呼ばれる。

ブラックジャック

ブラックジャック(イメージ)

2.幸運の方程式

このカードカウンティングを理論的に解明したのがエドワード・ソープだ。ソープは、ギャンブラーではなく、数学者だった。UCLA(カルフォルニア大学ロサンゼルス校)で博士号を取り、1959年から1961年までMIT(マサチューセッツ工科大学)で数学の講師をし、1965年からはUCI(カリフォルニア大学アーバイン校)の数学教授となった人だ。

ソープは、MITの講師をしている時のクリスマスに、休暇をとって妻とラスベガスに遊びにいくことにした。数学者らしく「カジノは負けるようにできている」と考えていて、妻とショーや食事、買い物を楽しみにいくつもりだった。
しかし、旅行の前に、「米国統計学会誌」1956年9月号に掲載されたロジャー・ボールドウィンたちの『ブラックジャックの最適戦略』という論文を見つけた。その論文は、論理的な戦略を取れば、プレイヤーが0.09%有利になるということを数学的に解析したものだった。

ソープは、その最適戦略に夢中になり、ポイントをメモしてラスベガスに向かった。そして、メモを見ながらブラックジャックをプレイしてみた。結果は、8.5ドルの負けだった。
しかし、ソープは、面白いことに気がついた。メモを見ながらブラックジャックをプレイするというプレイヤーは珍しいため、ソープの後ろには多くのギャラリーが群がった。そして、「そこはヒットだろう」とか「そこはスタンドすべきだ」などと余計なアドバイスをする。それが、数学的に解析された最適戦略からは間違っていることが多いのだ。ソープは「世の中の人は、正しい最適戦略を知らずに、勘を頼りにプレイをしているのだ」ということに気がついた。

休暇が終わって大学に戻ったソープは、大学にあったIBM704を使って、ブラックジャックというゲームの本格的なコンピューター解析を始めた。そして、プレイヤーが不利な時にはチップを1枚しか賭けず、有利になった時はテーブルリミット(テーブルごとに決められている最高掛け金)にすることで、プレイヤーが0.12%有利になる戦略をまとめ上げた。これを「ギャンブラーの破産」の公式で計算してみると、100枚のチップを200枚に増やすことができる確率は、99.18%にもなる。ほぼ確実に、ブラックジャックで稼ぐことができるのだ。

1960年に、ソープはこの研究を論文にまとめ、アメリカ数学学会誌に「Fortune's Formula: The Game of Blackjack」(幸運の方程式:ブラックジャックゲーム)として発表をした。そして、2人の投資家から資金を調達し、ラスベガスに乗り込み、実際に荒稼ぎをした。「ラスベガスをぶっつぶせ」に登場するMITブラックジャックチームの面々は、直接面識はないのもの、このエドワード・ソープの後継者たちだ。

3.カードカウンティングは可能か

ところで、「カジノでそんな確実に儲けられる方法があるのだったら、ここで紹介してほしい」とお考えの読者も多いと思う。残念ながら、紙幅の都合で、その詳細をお教えすることはできないが、どうしても知りたければ、カジノのギフトショップをのぞいてみることをお勧めする。カードカウンティングの方法をわかりやすくまとめた小冊子が数ドルという価格で売られているはずだ。ぐずぐずして他のプレイヤーの迷惑にならないのであれば、その小冊子を見ながらブラックジャックをプレイしても怒られない。

なぜなら、カジノ側はソープのカードカウンティングなどとっくに対策済みだからだ。ソープの時代は、1組52枚のカードを使ってブラックジャックをプレイするのが普通だった。これだと残りのカードに偏りが生まれやすい。場にAが4枚出てしまったら、残りのカードにはAは1枚も含まれていないことが明らかだ。

しかし、現在のカジノでは4組から6組のカードを混ぜて使うことが一般的になっている。これをシューと呼ばれるプラスティックのケースに入れて使う。いちばん手前のカードのみが指で滑らせて取り出せるようになっていて、カジノ側もイカサマができないことをアピールする仕組みになっている。

さらに、シューに並んでいるカードの真ん中あたりにプラスティックの板を挟み、そこまでカードを使ったら、シャッフルをする。大量のカードを、残りカードがまだたくさんある状態で、シャッフル=初期化してしまう。これでは、残りカードに偏りがほとんど生まれず、プレイヤーに有利な状況というのが極めて生まれづらいのだ。

カジノとシュー

右手前の黒いケースがシュー。現在のカジノでは52枚×4~6セットのカードを基にゲームが進行する。シューに残ったカードをカウンティングするのは極めて困難である。

さらに、ブラックジャックの細かいルールを改定しているため、現在では、最適戦略通りにプレイをしても、プレイヤーがわずかに不利になるようになっている。しかし、この「わずかな不利」が、破産確率を大きく上昇させることは、みなさんすでに理解されていると思う。

「ラスベガスをぶっつぶせ」に登場するMITブラックジャックチームは、このようにカジノが対策する中、さらにカジノの隙を突こうと知恵を絞っていく。その攻防がこの映画の魅力のひとつになっている。

カジノ側は、MITチームが荒らし回った後、最終兵器とも言えるコンティニュアスシャッフルマシンを導入した。毎回、初期状態でプレイするのだから、カードカウンティングをすることがまったく意味がないことになってしまった。

最大52枚×8セットのカードをシャッフルできるマシン

再度、ご忠告をしておきたい。「カジノで一攫千金」は映画の中だけの話であって、現実にはほぼ不可能。カジノはあらゆる不正、あらゆる攻略法に対して対策を取っている。資金をカジノで最大化する方法、それはカジノでプレイしないことだ。カジノは、プレイ代を支払って、ゲームや雰囲気を楽しむ場所なのだ。

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