TOUCH THE SECURITY Powered by Security Service G

コラム

2018.04.03

カジノハッキング ~映画「ラスベガスをぶっつぶせ」に学ぶ一攫千金の公算 2/3~

映画「ラスベガスをぶっつぶせ」は、授業料と生活費に困った大学生が、数学理論にたけた学生たちとチームを作り、ラスベガスに乗り込み、カードゲームのブラックジャックで大金をつかもうとする痛快な物語だ。この話はほぼ実話であるということに驚かされる。

そしてここ日本においても、2016年末の統合型リゾート整備推進法案(IR法)の可決に伴い、統合型カジノが出来た暁にはブラックジャックでいざ一攫千金と、この映画に刺激をされた方もいるかもしれない。しかし夢を見るのは映画の中だけにしておいた方がいい。なぜなら、カジノは必ず負けるようにできているからだ。

ラスベガスをぶっつぶせ

『ラスベガスをぶっつぶせ』 ©2008 COLOMBIA PICTURES INDUSTRIES,INC.ALL RIGHTS RESERVED.

前回1/3からの続き

1.ギャンブラーの破産問題と関数グラフ

前回述べた「ギャンブラーの破産問題」の関数グラフは、実に興味深い曲線を描く。もし、ルーレットの赤黒の勝率が50%だとすると、100枚のチップを稼いで勝つ確率とチップが0枚になって負ける確率は50%、50%になる。しかし、ルーレットの勝てる確率が47.4%と、50%を少し割り込むだけで、破産する確率が急上昇してしまう。少しずれるだけで、確率が急激に変化する。そういう曲線になる。

ギャンブラーの破産問題

横軸に1ゲームごとの勝率。縦軸に破産確率をとったグラフ。ゲームの勝率が0.5、つまり公平なゲームであれば、破産確率は0.5になる。しかし、ゲームの勝率がほんのわずか小さくなるだけで、破産確率が急激にあがる。逆に言えば、ゲームの勝率をほんのわずか高めることができれば、安全確実に儲けることができる。これがカジノハッカーを生み出す理論的な根拠になっている。

カジノをハックしようと考えるギャンブラーは、このグラフの曲線に注目をする。「勝てる確率が少し悪くなるだけで、破産確率が急上昇する。それは、逆に考えれば、勝てる確率が少しよくなるだけで、勝てる確率が急上昇するのではないか」。その通りで、もしルーレットというゲームが、勝率52.6%というわずかにプレイヤーに有利なゲームだったとしたら、10万人のギャンブラーが挑戦をして、チップをすべて失って負けるのはたった3人でしかない。9万9997人は、チップを200枚に増やして、カジノ併設のホテルでジャグジーにバラの花びらでも浮かべて、高いシャンパンを開けることができるのだ。ほぼ確実に稼げると言っていい。

だったら、カジノゲームを研究して、わずかにギャンブラーが有利になる状況を作り出して、その時だけプレイするようにすれば、確実に大金を稼ぐことができるのではないか。これが、カジノハッカーの考え方の起点になっている。

これは、ルーレットのようなゲームですらそうだ。ルーレットというゲームは、ボールを回転するホイールに投げ込んで、出目を決める。しかし、ホイールは道具である以上、歪みや傾きがあり、出やすい目と出にくい目という確率の濃淡がどうしても生まれてしまう。特定のルーレットホイールの出目を記録し、出やすい目を知ることができれば、その目に賭け続けることで、勝率をわずかに高めることできる。

2.ジョセフ・ジャガー ~19世紀のカジノハッキング~

1857年7月7日というかなり昔のことだが、モンテカルロの国営カジノに、上品な社交場には似つかわしくない身なりの英国人が現れた。その男は、まっすぐにあるルーレットテーブルに行き、7、8、9、17、18、19、22、28、29の9つの目にチップを賭け続けた。このような賭け方をする人は珍しくない。自分や恋人の誕生日や自分のラッキーナンバーに賭け続ける人は多くいる。しかし、この男、ジョセフ・ジャガーが違っていたのは、当たり続けたことだ。明け方までに1万4000ポンドを稼いでいた。これは現在の貨幣価値に直すと、1億2000万円ほどになる。

国営カジノは慌てて、翌日までに、テーブル間でホイールを入れ替えた。翌日もやってきたジャガーは昨日と同じルーレットテーブルについて、やはり同じ賭け方でプレイをし始めたが、途中で首を傾げ、他のルーレットテーブルを観察し始めた。そして、何かを発見したように、あるテーブルに座り、同じ賭け方で勝ち続けた。ジャガーは3日間で、6万5000ポンドを稼いだ。これは現在の5億5000万円ほどに相当するという。

ジャガーは、イギリスのヨークシャーにある綿花工場に勤めるエンジニアだった。2年前から準備を始め、人を雇い、モンテカルロ国営カジノのルーレットテーブルのすべての出目を記録させた。そして、休暇をとって、モナコに入国し、まっすぐ国営カジノにやってきたのだ。そして大金を携えて英国に帰り、工場を辞職し、62歳で死ぬまで悠々自適の引退生活を送った。ギャンブルは一切やらず、二度とカジノに足を踏み入れることはなかったという。

3.実は未解決だったルーレットの脆弱性

これは、大昔だけの話ではない。1991年には、スペインのマドリッドに住むゴンザロ・ガルシア・ペライヨが、手に入れたばかりのパソコンを使って、マドリッドのカジノのルーレットの出目の統計を取り、ほぼ同じ手法で大金を稼いだ。ペライヨは、大金をつかむビジネスを発見したと、息子と娘を引き入れ、一家でヨーロッパ中のカジノを回り、またたく間に15億円以上を荒稼ぎした。しかし、ジョセフ・ジャガーと違っていたのは、ペライヨ一家は王侯貴族のような豪勢な暮らしを始めてしまったのだ。

すぐに生活費が足りなくなり、1994年にはラスベガスに渡り、大金を賭け、最後の大勝負をしようとした。ペライヨは、この勝負に勝ったら、引退をするつもりだった。しかし、プレイ中に心臓麻痺を起こして倒れてしまう。資産のほとんどを使い果たし、その後はわずかな年金で老後を過ごした。毎日、ネットのオンラインポーカーに数百円を賭けるのを楽しみにしていたという。

ルーレット

仕切り板の低いルーレット(イメージ)

現在は、ルーレットでこのような手法は使えない。80年代に、英国のカジノ遊具製造業者TSCジョン・ハクスレー・ヨーロッパ社は、新型の「ロー・プロファイル・ホイール」を発売した。要は、目を仕切っている金属板を低くし、出目に偏りが出ないように改良したものだ。このホイールはヒット商品となり、多くのカジノで採用され、ハクスレー社は業績を大きく伸ばした。ペライヨの手法も使えなくなってしまった。

さらに現在では、ルーレットは天井の監視カメラで撮影され、画像解析により出目がすべて記録されている。コンピューターで解析をして、偏りが見られた場合は、そのテーブルをクローズして、ホイールの調整や交換を行うようになっている。ルーレットは完全に対策をされてしまっていて、カジノハッカーが付け入るすきは残されていない。

3/3に続く

記事一覧に戻る