TOUCH THE SECURITY Powered by Security Service G

コラム

2018.03.23

銭形は実在しない ── インターポールの現実

インターポール(ICPO=国際刑事警察機構)ーー日本ではその名を聞くと、人気漫画「ルパン三世」の銭形警部を思い出す人が多いかもしれない。

登場するたびに「ICPOの銭形だ~」や「ルパン、逮捕だ~」と叫ぶ銭形警部。ICPOの銭形が「ルパン」を逮捕すべく追っかける設定はストーリーにも重要な要素だ。

ただ細かいことを言えば、現実世界ではICPOの職員に、容疑者を逮捕する権限はない。もちろん「ルパン」はフィクションだからそれでいいのだが、実際のインターポールには制約があり、できることとできないことがはっきりと決まっている。

そもそもインターポールのみならず、日本の警視庁や警察庁といった組織のように、いろいろな警察組織があってその棲み分けは一般的に分かりにくい。普通に生活していてはあまり知る必要もないかもしれないが、サイバー攻撃を含む事件などを理解するには、知っておいた方がいい。

日本の警察機構 警察庁と警視庁の違い

まず日本にある警察組織だが、そのトップに君臨するのが、警察庁だ。警察庁によれば、総理大臣の所轄の下に置かれる国家公安委員会の下に警察庁が設けられている。簡単に言うと、基本的に逮捕など法執行は行わず、警察に関わる政策の企画や立案などを行う国の警察行政組織だ。

例えばインターネットを使って児童が犯罪に巻き込まれるケースが出てきたことで、2003年に「出会い系サイト規制法」(正式名称は「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」)が作られたが、こういった法律の制定に関わる。

一方で警視庁は、東京都を担当する警察組織で、東京都知事の管轄下にある東京都公安委員会があり、その下に警視庁が置かれている。つまり、東京で起きる事件のみを担当する警察組織ということになる。また東京以外の道府県の警察本部も同じ構図になっており、知事と公安委員会の下に置かれている。

ではサイバー攻撃が起きた場合、こうした組織はどう動くのか。警察庁では、サイバー犯罪の場合には生活安全局のサイバー犯罪対策課がまず対応に乗り出す。そして例えば重要インフラや安全保障などが関わってきたりすると、続いて警備局が動くということになっているが、基本は一緒に対応に当たるということになる。警備局内には、サイバーテロなど攻撃対策官がおり、今後の政策などをどうするか検討もしている。

警視庁の場合は、生活安全部に警視庁サイバー犯罪対策課という担当があり、サイバー事件を担当し、捜査する。最近大騒動になった仮想通貨取引所のコインチェックから580億円相当の仮想通貨「NEM」が盗まれた件では、この警視庁サイバー犯罪対策課が捜査を行なっている。ただ、既に述べた通り、警視庁は基本的に都内の捜査を担当するが、サイバー犯罪については全国から捜査員たちが警視庁に集まっている。

インターポールの位置付け

一方で、国際的な機関であるインターポールは、こうした日本の警察機関と協力関係にある。本部をフランス南東部のリヨンに置くインターポールは、世界で192カ国が加盟する世界最大の警察機構だ。日本の警察庁から出向している人も少なくない。

インターポールは世界中から犯罪のデータをまとめたり、手配情報を出すなどして加盟国の警察当局などに協力する。どこかの国に入国する際にも、入管などではインターポールのデータシステムに照会しているという。インターポールはテロや組織犯罪などの捜査を行い、また近年はサイバー犯罪への捜査協力にも力を入れている。

インターポールの予算は、国際的な取り決めでメンバー国から集められている。2017年にもっとも貢献したのは、約1000万ユーロの分担金を払ったアメリカ。第2位は日本で、650万ユーロほどを支払っている。3位以下は、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、中国、カナダ、スペインと続く。また予算が潤沢ではないため、職員の6割は国家の警察組織などから派遣される形になっている。

そして実は、この分担金によってインターポールでの発言力は変わる。筆者が実際に話を聞いたインターポールのオフィサーによれば、日本はかなりのカネを拠出しているおかげで、「インターポール内では日本からの意見や要請は無下にはされないという部分が確かにある」と語っていた。もっと言うと、警察庁から出向していたインターポールの職員が言うには、日本の発言は「重要視されている」という。

総局長は警察庁出身の中谷昇氏 サイバー犯罪対策部門IGCI

IGCI

シンガポールに拠点を置くIGCI(撮影:山田敏弘)

その影響力が背景にあったのかどうかは定かではないが、インターポールが2015年4月にサイバー犯罪対策に特化したサイバー犯罪対策部門である「IGCI」(INTERPOL Global Complex for Innovation)をシンガポールに開設した際には、警察庁出身の中谷昇氏が初代総局長に選ばれた。インターポールのサイバー部門をゼロから作り上げたのが、トップに就任した中谷氏だった。

ちなみに中谷氏はインターポールに出向していた2012年にIGCIのトップになるよう要請されている。中谷氏にはシンガポールの局長室で話を聞いたことがあるが、気さくな中にも意思の強さが感じられる人物だった。そんな中谷氏も、2018年3月にはIGCIの総局長の椅子から降りることになっている。今後、新しい局長がIGCIをどう率いていくのか注目される。

ルパン逮捕、カリオストロ公国の偽札…銭形の権限とは

冒頭の銭形警部の話で触れたように、インターポールには法執行権限、つまり逮捕権はない。またインターポールは、「犯罪」のみしか扱えない。どういうことかと言うと、例えば世界規模の国境を超えた犯罪やサイバー攻撃が発生した場合、インターポールとIGCIは各国の捜査当局の間に立って調整役を担うが、その犯行の背後に「国家」が関与していることがわかると、それ以上は捜査もできなくなる。つまり、あるサイバー犯罪が起きたとき、実行犯がテロリストや強盗団ではなく、国家が背後にいることが見えると、何もできなくなるのだ。

というのも、インターポールには、「ICPO憲章」というルールがあり、そのICPO憲章の第3条に記された「原則」には、こう書かれているからだ。「政治的、軍事的、宗教的又は人種的性格を持ついかなる干渉又は活動もしてはならない」

国家間のブリッジとして機能するIGCI

では、そんな制限の中で、インターポールのサイバー部門はどのような仕事をしているのか。シンガポールに本部を置くIGCIでは、世界各地の警察当局から集まったオフィサーたちが、犯罪捜査における国家間の橋渡しや調整を行い、さらにはIGCIの「サイバー・フュージョン・センター」という部署に世界中の当局や民間企業から集まってくるサイバー脅威などの情報を集約し、「サイバー・アクティビティ・レポート」としてまとめて加盟国に提供している。

また世界的な事件の捜査協力も行なっている。例えば2016年5月に日本全国のATM(現金自動出入機)から、早朝の2時間の間に、18億6000万円が偽造カードで一斉に引き出された事件をご記憶の方も多いかもしれない。実はこの事件では、南アフリカのスタンダード銀行がサイバー攻撃でハッキングに遭い、そこで盗まれた個人情報で偽造カードが作られた。この国境を超えた事案では、南アフリカの当局の要請でインターポールのIGCIが日本との間で積極的に捜査協力をした。

2016年2月には、バングラデシュの中央銀行が、北朝鮮に関連するとみられるハッカー集団から8100万ドル(約92億円)を奪われていが、このケースでもIGCIが最前線で捜査に協力している。

益々高まるIGCIへの期待

近年、各地で大きな被害を出しているサイバー攻撃では、国境という概念がなくなってしまっている。そんな時代だからこそ、今まさにIGCIの役割が期待されている。

IGCI局長を去る中谷氏のような人材には、是非とも東京五輪も控えている日本でサイバー攻撃対策の陣頭指揮をしてもらいたいものだ。すでにダーク(闇)ウェブの深くにあるフォーラムでは、東京五輪へのサイバー攻撃についての情報交換が活発になっている。

インターポールで世界を股にかけて経験を積んできた警察庁の捜査員などが、サイバー・オフィサーとして銭形警部ばりの活躍をするのを望まずにはいられない。

記事一覧に戻る