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コラム

2018.02.27

ロシアの世論ハックから考える世界の対立構造

世論ハックとは何か

「ヒラリー・クリントンはサタン(悪魔)だ。彼女の犯した犯罪と嘘はいかに彼女が有害かを証明している」
「6月23日を私たちの独立記念日にしよう」
「マクロンはゲイであることを内緒にして、二重生活を送っている」

これらのメッセージは、ロシア情報機関に関係する工作員らがアップし、フェイスブックなどSNSで実際に拡散されたポストだ。

最初のメッセージはドナルド・トランプ候補とヒラリー・クリントン候補が争った2016年の米大統領選挙の際に流されたポストでクリントンを貶めるためのもの。2つ目は2016年5月に英国で行われたEU(欧州連合)から離脱するかどうかの国民投票(ブレグジット)の前に、ロシアの工作員とおぼしき人物によって拡散された反EUのツイート。そして3つ目は、2017年5月のフランス大統領選を前に、反プーチンだったエマニュエル・マクロン候補をディスるために、ロシアの通信社がまず報じ、それがツイッターなどSNSなどで拡散されたものだ。

こうしたフェイクニュースを含むSNSでの工作、いわゆる「世論ハック」と言われるものは、いくつもの実例がある。ただその中でも特にロシアの情報機関が欧米諸国を相手に組織的に行なうとされる情報工作は、世界的に懸念する声が多い。

米国では2018年2月16日、米連邦大陪審がロシアの個人13人と企業3社を、SNSを使ってクリントン候補に不利な情報を拡散させるなどの工作をしたとして起訴したと発表したばかりだ。

ロシアが欧米相手に繰り広げる工作を受けて、フェイスブック社の弁護士であるコリン・ストレッチ氏はこんなコメントを残している。「ロシアによる干渉を発見したことで、われわれの企業だけでなく、私たちの業界と、私たちの社会で、新たな戦場が生まれたことを意味する」

国家が対抗する国の世論や選挙の結果に影響力を行使する——。
世界で35億人以上がインターネットを利用する現代、ロシアが組織的に戦略としてSNSなどを駆使して「世論ハック」を行なうのは自然な流れなのかもしれない。ではなぜ、ロシアは欧米の選挙に干渉しようとしているのか。その背景には何があるのか。

インテリジェンスと情報工作

そもそも、この手の情報工作は、決して目新しいものではない。冷戦時代から東西のスパイたちが命を懸けて行ってきた工作で、例えば米国のCIA(中央情報局)なら反米政権の国でクーデターを支援して、シリアやイラン、ブラジルなどで政権交代を実現させてきた。また反米政府の足元を揺らすために、反体制派に対して様々な支援を行ってきた。そうした例は枚挙にいとまがない。

現在、それが安全な遠隔地からクリック一つで手軽にできるようになった。それを百戦錬磨のロシアが駆使しないわけはない。

しかもロシアによる工作の規模は尋常ではない。例えばフェイスブックを見ると、2016年の米大統領選では120以上の偽フェイスブックページが作られ、8万件を越すポストがアップされ、最大で1億2600万人にロシアの工作メッセージが届いていたとされる。またツイッターを見ると、例えば2016年のブレグジットの際には、15万以上の偽アカウントがロシアの工作用だと指摘された。

そして欧州では、フランスやブレグジットだけでなく、2017年3月のオランダ総選挙、6月の英国総選挙でもロシアによる「世論ハック」が確認されている。英国総選挙では、テリーザ・メイ首相が、「ロシアに対して一つだけ簡単なメッセージがあるわ。あなたたちが何をしているのかお見通しよ」と、ネットでの干渉などについて牽制したことがニュースを賑わせた。

ロシアと西側諸国の対立

ではロシアの動機は何なのか。

簡単に言うと、欧州諸国が反EUや反NATO(北大西洋条約機構)になることを目指し、願わくば親ロシアの国を欧州に作りたいのである。そのために「世論ハック」や、選挙結果に影響を与えるために、SNSやハッキングなどサイバー攻撃を使って、EUや米国などの西側諸国に対抗している。

そもそもロシアはEUとどんな関係にあるのか。EUは1993年に発足した欧州諸国による地域統合体で、第2次大戦後にアメリカを盟主とする西側諸国の自由主義で資本主義の陣営と、ソ連を盟主とする東側諸国の共産主義で社会主義の陣営との対立構造の中で生まれた。その成り立ちから、現在のEU加盟国である28カ国は基本的にロシアとは対立構造にある。

また欧州の軍事同盟であるNATOも、EU同様にロシアには煩わしい存在となっている。

バルト三国

NATOのサイバー防衛センター(CCDCOE)は、エストニアの首都タリンに置かれる。バルト三国は、ソビエトの崩壊後にNATOとEUへ加盟。ロシアや親ロシアのベラルーシと国境を接する関係になっている。

NATOは第2次大戦後の1949年に英国やフランスが中心となって、ユーラシア大陸で陸続きになっていたソ連に軍事的に対抗するために誕生したが、その流れから現在もロシアとの軍事的な対立構造がある。さらに米国もNATOの加盟国である。その構図から、例えば米国とNATOはロシアを意識して、ロシアに近い欧米側のルーマニアに対ロシアの迎撃ミサイルを配備し、ポーランドでも今、設置工事を行なっている。当然、ロシアはこうした動きに苛立ちを隠さない。

またサイバー分野でも、NATOとロシアは緊張関係にある。ロシアはエストニアやウクライナ、ジョージアなど親欧米の旧ソ連諸国に対して激しいサイバー攻撃を繰り広げてきた過去があり、特に2008年のエストニアに対する大規模なサイバー攻撃では、デジタル化が進んでいたエストニアの国家機能が完全に麻痺する事態に陥った。この一件を受け、NATOはサイバー対策本部を、象徴的にエストニアの首都タリンに設置している。

そんな対立構造の中で、ロシアは欧州各国で、自分たちが有利になるための勢力をSNSによる「世論ハック」やサイバー攻撃で"後援"している。そして、欧米のサイバーセキュリティ関係者と話をすると、今後もそうした工作は続けられるだろうと指摘する向きが多い。反EU・反米の政党を勝たせることで、2国間関係や、EUまたはNATOとの関係でも優位に立つことが目的だ。

例えば、2017年の選挙でロシアが後押ししたフランスの「国民戦線(FN)」や、「英国独立党(UKIP)」、イタリアの「五つ星運動」、ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」、スペインの「ポデモス」などが反EUまたは親ロシアとして、ロシアの"支持"を受けているとされる。

世界の対立構造と日本の立ち位置

ちなみに、欧州を超えて世界的に対立構造を見てみると、基本的に、米国や欧州、日本などに対して、ロシアや中国が対抗している。日本の安倍晋三首相は、欧米勢力にいながら、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領とも良好な関係を築いていており、良くも悪くも、欧米とロシアの間で絶妙なバランスを取っていると言える。

日本にとっても、ロシアのサイバー工作は警戒すべき存在である。日本を狙ったロシアの大々的なサイバー工作についてはあまり報じられないが、ダーク(闇)ウェブに巣食うハッカーたちの中にはロシア系も多く、他国のハッカーなどとも結託して、日本などのターゲットを狙っているとの話も耳にする。自ら手を下さないケースもあるだろう。

例えばこうしたケースも考えられる。総選挙で特定政党の候補者たちについて嘘の情報を投票日直前に組織的にネットでばら撒けば、選挙にそれなりの影響を与える可能性がある。また私たちが日常的にニュースを見ているSNSやニュースアプリなどに、知らぬ間に「世論ハック」のフェイクニュースが紛れ込んでいたらーー。言うまでもなく、今はそんなことが可能な時代なのである。

いずれにせよ、決して欧米だけが狙われているのではない。ロシアの脅威は日本にいる私たちにも決して対岸の火事ではない。

人々を煽る、剥き出しのメッセージ

先日、ロシアの情報工作のわかりやすい実態を目の当たりにした。出張で立ち寄ったロシアの空港で、異様な光景に遭遇した。出発ゲートの待合スペースのテレビで政府系テレビ局のRT(ロシア・トゥディ)の大きなブースが設置されており、いくつもあるTVスクリーンには、反欧米のメッセージが次々と流れていた。

例えばこうだ。

「飛行機に乗り遅れた? 選挙に負けた? なら私たちを批判すればいい!」
「CIAは私たちをプロパガンダを吐き出すマシーンと呼んでいる」
「マクロンは私たちが嘘つきだという嘘を言っている」
「私たちが次に誰をハッキングするか、ここで見つけたらどうか?」

公共の空間でさえ、かくも露骨なメッセージが掲げられる次第である。もし、これらの活動が匿名性を帯びた時、事態はやはり深刻なものへと発展するのは想像に難くないだろう。

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